No.9

手首にくちづけ
2019年 Kissの日SS/ロレダーナ視点/後日談

 ずっとずっと片想いをしていたレナート様の正式な婚約者となって気づけば三か月。
 恒例のお茶会は続いているし、以前よりも互いの距離は近くなっている。
  なのに――。
「子ども扱いが変わらない気がする……」
 お茶会から帰った後の自室。かつての関係の進展を望む言葉の代わりに、現状に対する不満が零れ落ちた。
 いや、確かにレナート様との会話は以前よりもずっと甘くなったし、スキンシップも増えたとは思う。頬や額や髪にキスしてくれることもあるし、その度に心臓が跳ね上がるのは確かだ。
  けれど、
「唇には、してくださらないのかなぁ」
 ぽつりと呟いたあと、自分自身の言葉の大胆さに我に返った。かぁっと頬が火照っていくのがわかる。
  けれど、けれども。私がそんな風に思うのは自然なことだと思うのだ。
  想い合う恋人同士ならば――。
「こ、恋人同士……」
 熱くなった頬に、より一層熱がのぼった。今更だけれども、改めて言葉にすると恥ずかしすぎて幸せすぎて、ベッドの上でゴロゴロと転げまわってしまいそうになる。レナート様に相応しい淑女はそんなことはしないと知っているから、必死で我慢するけれども。
 そうして一通り悶えたあと、再びふりだしに戻ってため息が零れた。
「……やっぱり、まだ幼いって思われている部分があるのかなぁ」
 ちゃんと女性として見てもらえているのはわかっている。同時に、とても大切に扱われていることも。
 七歳の歳の差は歴然としてあって、私が必死で背伸びしようとしていることも、そんな私を私のままでいいと思ってくださっているのも理解はしているつもりだ。
  それでも、不安になる。レナート様にある日突然「やっぱり妹のようにしか思えない」なんて言われたりしないだろうかと。
 両想いになったはずなのに、以前よりもずっと後ろ向きな思考になっている自分に嫌気が差した。
 
  わからないからモヤモヤするのだ。
 一晩経って、結局私はそう結論づけた。わからなければレナート様に直接訊けばいい。
  そう決意して、今日もレナート様の待つバラのお庭へと向かう。
「ごきげんよう、レナート様」
「いらっしゃい、ロレダーナ」
 いつも通りの挨拶に、いつも通りの甘い笑み。
  以前と変わったことがあるとすれば、レナート様が当然のように私の腰に手を回し、テーブルまでエスコートしてくれるようになったことだろうか。その距離の近さになかなか慣れなくて、ついつい息を詰めてしまう。
「あ、あの、レナート様……」
「なんだい?」
 直接訊けばいいと思ったはずなのに、いざ目の前にすると言葉が出てこない。大体、「どうしてキスしてくれないんですか」だなんて、淑女として恥じらいがないにもほどがあるのではないだろうか。そんなことを訊いてしまえば、レナート様にはしたない女性だと思われたりしないだろうか。
  そんな考えが頭の中を巡ってしまい、何も訊けなくなってしまった。
「ロレダーナ?」
「あ、いえ、あの……!」
 顔を覗き込まれ、至近距離に天使のように整ったお顔が近づけられる。
  レナート様近いです近すぎますちょっとこの距離は無理です心臓が止まってしまいます!
 大混乱中の私に気づいたのか、レナート様のお顔が離れていった。そして、ふいっと顔が背けられる。
  どうしよう。レナート様に失礼な態度を取ってしまった。気を悪くされたんだ。
「あの、レナート様! 申し訳――」
「まったく君は……」
 謝ろうとした私の言葉に被さったレナート様の声は、震えていた。え? 震えている?
  どういうこと? と下げかけていた頭をもう一度上げてよくよく観察すると、レナート様は肩を震わせて笑いを必死に堪えているようだった。
「レナート様、あの……私、何かおかしなことをいたしましたか?」
「いや……。ロレダーナは相変わらず可愛いね」
 腰が砕けそうな甘い声。咲き乱れる赤バラよりも真っ赤になっている私は、もう全身が茹で上がりそうなまま固まってしまった。
  そんな私に構わず、レナート様は私の左手をとった。何をするんだろうと思う間もなく、その手首に柔らかなぬくもりが触れる。ほんの少しだけ濡れた感触。レナート様の艶やかな金の髪が腕をくすぐるのに、ぞくりと今までに感じたことのない感覚が背筋を駆けのぼった。
「レ、レナート、様……?」
 呼びかけると、レナート様からは常とは変わらない笑みが返った。その笑顔に、妙に安心して、知らず強張っていた体から力が抜ける。
「さて、喉が渇いたね。お茶にしようか」
 それまでのやりとりがなかったかのようなレナート様の誘いに、私は自然と首肯していた。
  いつもどおりの、和やかなお茶会が始まる。

 そうして私が、結局訊きたかったことを一つも訊けていないことに気づいたのは、お茶会を終えて自室に戻った後のこと――。

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#番外編

つぼみにくちづけ