放課後サイド バイ サイド現パロ/レオン視点/レオンとセラ続きを読む 生徒会の仕事を終え、職員室へと書類を提出しにいったその帰り。ふと思い立って一年の教室のある階を通って見ることにした。別に、彼女がいるとは思っていない。もう授業が終わってかなりの時間が経っているのだ。いるはずがないのだが、何となく普段彼女が過ごしている空間を歩いてみたくなった。ただそれだけの話。 彼女のクラスは一組だったはず。そんなことを思い出しながら何気なく教室内に視線を向ける。と、西陽の差し込む窓際の席に、見慣れた緋い髪を見つけて思わず足を止めた。 放課後の教室。他には誰もいないその場所で、一つ年下の少女は机に突っ伏して微睡んでいる。誰か――例えば幼なじみのアルヴィンだとか――を待っていて、待ちくたびれてしまったのだろうか? そういえば、あの男は放課後になるや否やクラウスを捕まえて、さっさと下校してしまった。きっと繁華街にでも出て、好みのナンパにでも勤しんでいるのだろう。クラウスがいれば成功率が上がるなどとふざけたことをぬかしていたのだから。 そんなことよりも、問題はこちらの少女だ。 いくら暖かい季節になってきたとはいえ、夕方になれば冷え込んでくる。このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。 ――起こすしかないか。 仕方なく、彼女の方に向かって歩き出す。「セラ……」 控えめに声を掛けるが、熟睡しているのか何の反応もない。 改めて見ると、滑らかに弧を描く頬の白さと寝息を洩らす艶めいた赤い唇に、見てはいけないものを見た気分にさせられた。 鼓動が大きくどくんと鳴る。触れてみたい、と頭の中に浮かんだ自分の欲望を、慌ててかき消した。「セラ!」 焦るように彼女の肩を揺すり、先ほどよりも大きな声で呼びかける。さすがにそこまでされると目が覚めた彼女は、驚いたように体を震わせて跳ね起きた。「レ、レオンさん?」「こんなところで寝ていたら、風邪を引くぞ」「……あ、すみません。ありがとうございます」 恥ずかしそうに頬を赤らめながら謝罪と礼を寄越す彼女に、気にするなと返すのが精一杯だった。「って、あれ? もうこんな時間ですか?」「ああ。アルヴィンでも待っていたのか? アイツなら授業が終わって早々に意気揚々と帰っていったんだが」「あ、いえ。レオンさんを待っていたんです。この間お借りした本を返そうと思ってて。生徒会室覗いたらお仕事忙しそうだったんで、邪魔したら悪いと思ってここで待ってたらんですけど、陽射しが気持ちよくってついつい……」「気にせず声を掛けてくれれば良かったのに」 気遣い屋な彼女らしい選択だが、こちらとしてはそんな遠慮はしないでほしかった。きっと相手がアルヴィンならば、彼女は気にすることなく声を掛けただろうに。彼女に悪気はないとわかっていても、そうやって距離を置かれることが悔しかった。「あ、でもちゃんと確認すればよかったですね」「確認?」「私がお手伝いできる仕事だったら、一緒にやった方が早かったかなって。その時は声掛けたらご迷惑かもって考えしか思い浮かびませんでした」 気が回らなくて駄目ですね、と反省しつつ苦笑いする彼女に、自然と頬が緩む。 どんな場合でも反省点を見つけてそれに前向きに対処しようとするところは、彼女の美点の一つだろう。「セラは真面目だな」「レオンさんに言われたくないですよ。ところで、もうお仕事終わったんですか?」「ああ。これから生徒会室に戻るところだった」「生徒会室? ……何で、この階通ってるんです?」 彼女から指摘をされて、うっかり本当のことを答えてしまっていた。職員室は一階、生徒会室は三階、そして、この一年の教室のあるフロアは二階なのだ。通りすがりというには不自然過ぎる。「あ、いや……」「ああ、もしかして見回りですか? 私みたいにうっかり居眠りして下校しそびれてる生徒がいたら困りますもんね」「……そう、だな」 言い訳をする間もなく、勝手に良いように解釈してくれて助かった。日頃の行いのおかげだろう。「じゃあ、気をつけて帰れよ」「はい。レオンさんもお気をつけて」 名残惜しいと思いながらも、そう告げて生徒会室に戻るべく教室を出た。 本心としては、家の方向も同じなのだし一緒に帰ろうと言いたいところ。けれど、生徒会室に戻るまでの間待たせるのも申し訳ないし、何より誘うことで自分の気持ちがバレてしまうのではないかと思うと怖くてできなかった。 せっかく先輩後輩として良い関係を築けているのだ。それを壊してしまうような真似はしたくない。 生徒会室に戻り、自分の鞄を手にする。はぁと自分の情けなさにため息をつきながら、戸締りを確認して生徒会室を後にした。 やっぱり誘えばよかったなどと今更な後悔をしつつ、昇降口で靴を履き替える。そうして校舎を出ようとした瞬間、昇降口の扉のところに帰ったはずの彼女の姿を見つけた。「セラ? 何か忘れものでもしたのか?」「本を返すつもりだったって言ったじゃないですか。さっき渡すの忘れてたので、待ってたんです。せっかくなんで、一緒に帰りませんか?」 何の気負いもない自然な口調で、彼女は俺が言いたくても言えなかった言葉を口にした。 別に明日でもよかったはずなのに、わざわざ俺のために時間を割いてくれることに喜びがこみ上げる。「そうだな。日も暮れてきたし、危ないからちゃんと家まで送ろうか」「え、さすがにそこまでは大丈夫ですよ! 私なんか襲う物好きいませんし、そもそもそう簡単に襲われるほど鍛錬を怠ってはいません!」 これは遠慮、というよりも自分の強さに対する自負が上回っているのだろう。確かに、剣道部で全国大会常連なのだからそう思うのも当然だろう。自信満々に言い切るその姿がまた可愛いのだが、無自覚というのは怖いなとしみじみ思う。「セラが強いのはわかっているが、最近は物騒な事件も多いからな。俺が安心したいだけだから、素直に送られてくれないか?」「でも、レオンさんの家の方が手前にあるのに……」「それに、セラを暗い時間に一人で帰したとなると、うちの父にも君のお父さんにも叱られそうだし」「ああー……」 渋る様子の彼女に、ダメ押しとして出した『お父さん』の一言に、何とも複雑そうな声が返る。彼女がそんな声を出すのは無理もない。彼女のお父さんは、度が過ぎていると言っていいほど過保護で、よく彼女自身もうんざりした様子で愚痴っていたのだ。「そう、ですね。ありがたく送っていただきます。あ、でも、うちに着いたらできるだけ速やかに退避してくださいね! くれぐれも、兄には見つからないように、速やかに!」 俺が送るを了承してくれたが、すぐに思い出したように彼女は付け加える。その表情には鬼気迫るものがあった。 そう。彼女に対して過保護なのは父親だけではないのだ。いや、過保護を通り越して過干渉としか言えない超絶シスコンの兄君がいるのである。俺も今までに何度睨まれたかわからない。「……そうだな。俺もまだ命は惜しいし……」 彼女の兄のことを思い出すだけで一気に気が重くなる。彼女も同じなのか、ほぼ同時に大きなため息をついた。思わず顔を見合わせ、互いの疲れ切った表情にぷっとふき出す。「あはは、レオンさん、ひどいですよー。一応あんなでも私の兄なんですよ?」「一応、セラさえ絡まなければいい人だとは思っているんだが? そういうセラだって、まるで危険物扱いしているじゃないか」「……だって、完全に馬に蹴られてほしい人ですし」「馬?」 言葉の意味がよくわからなくて訊き返すと、慌てたように彼女は何でもないですと誤魔化した。「さて、帰りましょうか」「そうだな。道すがら、貸した本の感想を聴いてもいいか?」「是非! めちゃくちゃ面白かったんで、感想語り合いたかったんですよー!」 眩しいばかりの笑顔を向けられ、ほんの少し前まで胸を占めていた憂鬱な気分は綺麗に吹き飛ばされる。 沈む夕陽が、彼女の白い頬をほのかに染めていた。 彼女の家まであと三十分。その短い時間だけでも彼女を独り占めできる。 ささやかだが至福のひとときだった。畳む#現パロ 2023.11.10 (Fri) 風にゆれる かなしの花
現パロ/レオン視点/レオンとセラ
生徒会の仕事を終え、職員室へと書類を提出しにいったその帰り。ふと思い立って一年の教室のある階を通って見ることにした。別に、彼女がいるとは思っていない。もう授業が終わってかなりの時間が経っているのだ。いるはずがないのだが、何となく普段彼女が過ごしている空間を歩いてみたくなった。ただそれだけの話。
彼女のクラスは一組だったはず。そんなことを思い出しながら何気なく教室内に視線を向ける。と、西陽の差し込む窓際の席に、見慣れた緋い髪を見つけて思わず足を止めた。
放課後の教室。他には誰もいないその場所で、一つ年下の少女は机に突っ伏して微睡んでいる。誰か――例えば幼なじみのアルヴィンだとか――を待っていて、待ちくたびれてしまったのだろうか? そういえば、あの男は放課後になるや否やクラウスを捕まえて、さっさと下校してしまった。きっと繁華街にでも出て、好みのナンパにでも勤しんでいるのだろう。クラウスがいれば成功率が上がるなどとふざけたことをぬかしていたのだから。
そんなことよりも、問題はこちらの少女だ。
いくら暖かい季節になってきたとはいえ、夕方になれば冷え込んでくる。このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
――起こすしかないか。
仕方なく、彼女の方に向かって歩き出す。
「セラ……」
控えめに声を掛けるが、熟睡しているのか何の反応もない。
改めて見ると、滑らかに弧を描く頬の白さと寝息を洩らす艶めいた赤い唇に、見てはいけないものを見た気分にさせられた。
鼓動が大きくどくんと鳴る。触れてみたい、と頭の中に浮かんだ自分の欲望を、慌ててかき消した。
「セラ!」
焦るように彼女の肩を揺すり、先ほどよりも大きな声で呼びかける。さすがにそこまでされると目が覚めた彼女は、驚いたように体を震わせて跳ね起きた。
「レ、レオンさん?」
「こんなところで寝ていたら、風邪を引くぞ」
「……あ、すみません。ありがとうございます」
恥ずかしそうに頬を赤らめながら謝罪と礼を寄越す彼女に、気にするなと返すのが精一杯だった。
「って、あれ? もうこんな時間ですか?」
「ああ。アルヴィンでも待っていたのか? アイツなら授業が終わって早々に意気揚々と帰っていったんだが」
「あ、いえ。レオンさんを待っていたんです。この間お借りした本を返そうと思ってて。生徒会室覗いたらお仕事忙しそうだったんで、邪魔したら悪いと思ってここで待ってたらんですけど、陽射しが気持ちよくってついつい……」
「気にせず声を掛けてくれれば良かったのに」
気遣い屋な彼女らしい選択だが、こちらとしてはそんな遠慮はしないでほしかった。きっと相手がアルヴィンならば、彼女は気にすることなく声を掛けただろうに。彼女に悪気はないとわかっていても、そうやって距離を置かれることが悔しかった。
「あ、でもちゃんと確認すればよかったですね」
「確認?」
「私がお手伝いできる仕事だったら、一緒にやった方が早かったかなって。その時は声掛けたらご迷惑かもって考えしか思い浮かびませんでした」
気が回らなくて駄目ですね、と反省しつつ苦笑いする彼女に、自然と頬が緩む。
どんな場合でも反省点を見つけてそれに前向きに対処しようとするところは、彼女の美点の一つだろう。
「セラは真面目だな」
「レオンさんに言われたくないですよ。ところで、もうお仕事終わったんですか?」
「ああ。これから生徒会室に戻るところだった」
「生徒会室? ……何で、この階通ってるんです?」
彼女から指摘をされて、うっかり本当のことを答えてしまっていた。職員室は一階、生徒会室は三階、そして、この一年の教室のあるフロアは二階なのだ。通りすがりというには不自然過ぎる。
「あ、いや……」
「ああ、もしかして見回りですか? 私みたいにうっかり居眠りして下校しそびれてる生徒がいたら困りますもんね」
「……そう、だな」
言い訳をする間もなく、勝手に良いように解釈してくれて助かった。日頃の行いのおかげだろう。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「はい。レオンさんもお気をつけて」
名残惜しいと思いながらも、そう告げて生徒会室に戻るべく教室を出た。
本心としては、家の方向も同じなのだし一緒に帰ろうと言いたいところ。けれど、生徒会室に戻るまでの間待たせるのも申し訳ないし、何より誘うことで自分の気持ちがバレてしまうのではないかと思うと怖くてできなかった。
せっかく先輩後輩として良い関係を築けているのだ。それを壊してしまうような真似はしたくない。
生徒会室に戻り、自分の鞄を手にする。はぁと自分の情けなさにため息をつきながら、戸締りを確認して生徒会室を後にした。
やっぱり誘えばよかったなどと今更な後悔をしつつ、昇降口で靴を履き替える。そうして校舎を出ようとした瞬間、昇降口の扉のところに帰ったはずの彼女の姿を見つけた。
「セラ? 何か忘れものでもしたのか?」
「本を返すつもりだったって言ったじゃないですか。さっき渡すの忘れてたので、待ってたんです。せっかくなんで、一緒に帰りませんか?」
何の気負いもない自然な口調で、彼女は俺が言いたくても言えなかった言葉を口にした。
別に明日でもよかったはずなのに、わざわざ俺のために時間を割いてくれることに喜びがこみ上げる。
「そうだな。日も暮れてきたし、危ないからちゃんと家まで送ろうか」
「え、さすがにそこまでは大丈夫ですよ! 私なんか襲う物好きいませんし、そもそもそう簡単に襲われるほど鍛錬を怠ってはいません!」
これは遠慮、というよりも自分の強さに対する自負が上回っているのだろう。確かに、剣道部で全国大会常連なのだからそう思うのも当然だろう。自信満々に言い切るその姿がまた可愛いのだが、無自覚というのは怖いなとしみじみ思う。
「セラが強いのはわかっているが、最近は物騒な事件も多いからな。俺が安心したいだけだから、素直に送られてくれないか?」
「でも、レオンさんの家の方が手前にあるのに……」
「それに、セラを暗い時間に一人で帰したとなると、うちの父にも君のお父さんにも叱られそうだし」
「ああー……」
渋る様子の彼女に、ダメ押しとして出した『お父さん』の一言に、何とも複雑そうな声が返る。彼女がそんな声を出すのは無理もない。彼女のお父さんは、度が過ぎていると言っていいほど過保護で、よく彼女自身もうんざりした様子で愚痴っていたのだ。
「そう、ですね。ありがたく送っていただきます。あ、でも、うちに着いたらできるだけ速やかに退避してくださいね! くれぐれも、兄には見つからないように、速やかに!」
俺が送るを了承してくれたが、すぐに思い出したように彼女は付け加える。その表情には鬼気迫るものがあった。
そう。彼女に対して過保護なのは父親だけではないのだ。いや、過保護を通り越して過干渉としか言えない超絶シスコンの兄君がいるのである。俺も今までに何度睨まれたかわからない。
「……そうだな。俺もまだ命は惜しいし……」
彼女の兄のことを思い出すだけで一気に気が重くなる。彼女も同じなのか、ほぼ同時に大きなため息をついた。思わず顔を見合わせ、互いの疲れ切った表情にぷっとふき出す。
「あはは、レオンさん、ひどいですよー。一応あんなでも私の兄なんですよ?」
「一応、セラさえ絡まなければいい人だとは思っているんだが? そういうセラだって、まるで危険物扱いしているじゃないか」
「……だって、完全に馬に蹴られてほしい人ですし」
「馬?」
言葉の意味がよくわからなくて訊き返すと、慌てたように彼女は何でもないですと誤魔化した。
「さて、帰りましょうか」
「そうだな。道すがら、貸した本の感想を聴いてもいいか?」
「是非! めちゃくちゃ面白かったんで、感想語り合いたかったんですよー!」
眩しいばかりの笑顔を向けられ、ほんの少し前まで胸を占めていた憂鬱な気分は綺麗に吹き飛ばされる。
沈む夕陽が、彼女の白い頬をほのかに染めていた。
彼女の家まであと三十分。その短い時間だけでも彼女を独り占めできる。
ささやかだが至福のひとときだった。畳む
#現パロ