No.16

Happy Birthday!
過去のリレー小説『二重織』のログ
怜の誕生日を祝う話

 誕生日って、何を祝うの?  ……今更だけど。

  *

 時計の針が真上で一つに重なる。時を示す数字はリセットされ、また新たに生まれ変わった日付へと移行した。
 そんな時間帯。
 ピンポーンとどこか間の抜けたインターホンの音がとあるマンションの一室に響いた。そして少し間隔を開けてから、今度はピンポンピンポン……と連打される。
 こんな時間にこんな訪問の仕方をする相手に、青柳怜はたった一人しか心当たりがなかった。溜息まじりに、冷えた空気に満たされた玄関へと向かう。
 サムターンをカタンと回すと、その音を耳聡く聴きとった玄関外の人物は、怜がドアノブを握るよりも先に、ドアを開けていた。
「寒いっちゅーねん! もっとはよ開けてーや!」
 開口一番そう言い放ったその人物――柴田斎に対し、怜は無言で、そしてかなりの勢いでドアを本来あるべき位置に戻した。もちろん再度鍵をかけて。
 途端に、ドアを壊しかねない勢いでドンドンと叩く音が聞こえてくる。もう既にノックなんて可愛らしい域ではなく、近所迷惑も甚だしい。
「ちょっ……! 怜ちゃん!? 何すんねん! 開けろー!」
「斎ちゃん、人にモノを頼む時は何て言うのかなー?」
 ドア一枚隔てた場所で怜がそう訊ねる。
 その口調はまるで小さな子供に話しかけるように優しげで、表情も笑みの形をとってはいた。しかし、斎にはその背後に黒々としたオーラが陽炎のように揺らめいているのが見えた。本人の姿は見えないのだが、しっかりと脳裏には思い浮かんだのだ。
 拙いと本能的に察した斎は、すぐさまノックするのを辞める。
「……スミマセン。開けてください、お願いします」
「はい。よくできました」
 そう言って満面の笑みで怜が斎を出迎えると、斎は感嘆するほどの素早さで部屋の中に滑り込み、真っ直ぐに奥の部屋にあるコタツへと潜り込んだ。
 今は十二月。京都の冬は厳しいことでも有名だ。
 寒い中歩いて怜の家まで来たことが、寒がりの斎には堪えたのだろう。
 コタツ布団を肩まで持ち上げて暖を取ろうとする斎が、恨めしげな視線を怜へと送る。
「わざわざ寒い中来たった友達にする仕打ちがそれですか、怜ちゃん」
「別に怜さんは斎ちゃんに来てほしいなーとか言ってないけど?」
 逆に言えば、普通は何の前触れもなく突然に押しかけられても迷惑極まりない。
 相手が斎だから怜は許しているだけなのだ。
「怜ちゃんのことやから、忘れとるんやろ」
「は? 何を?」
 忘れていると言われ、怜はここ数日の斎とのやりとりを思い返す。しかし、今日遊ぶ約束をした覚えはまったくなかった。思い当たる節を見つけられない様子の怜に、斎はアゴでコタツの上を示した。どうやら手を出すことすら嫌らしい。
 示した先には、真っ白い、ケーキなどを入れるような持ち手のついた箱。
「何ソレ」
「ケーキ」
「ケーキ? こんな時間に食べたら太るだろうに」
「おいっ! 今日は誕生日やんか!」
 斎がツッコミながら発したワンフレーズに、怜はしばしの間考え込み、ようやく状況を理解した。
「ああ、もう二十日だっけ」
 指摘されるまで完全に忘れていた。
 先ほど突入したばかりの『今日』は、十二月二十日。怜の二十三回目の誕生日だったのだ。
 斎は怜の誕生日を祝うために訪ねてきたのだろう。
「コレ、買ってきたん? よくこんな時間にケーキ屋さんが開いてたなぁ」
「いや、作った」
「作った? 誰が?」
「可愛い可愛い斎ちゃんが」
「って、斎が!?」
「可愛いにツッコミできんくらい驚かんでもええやろ」
 唖然として、怜はコタツにへばりつく斎を見つめ返した。
 もともと斎は器用で料理などは得意としている。だから驚くことではないのかもしれないが、まさかケーキまで作れるとは思っていなかったのだ。
「お皿とフォークとグラス出してー」
「何で? お祝いしてくれんなら、準備もしてくれるもんでしょ、フツー」
「怜ちゃん家やんか」
「その怜さんの誕生日でしょうが」
 祝ってくれる気がある人間の台詞とは到底思えなくてそう言うと、斎の目が点になった。
「何言うとるん?」
「いや、だから、本日は青柳怜さんのお誕生日でしょう? ってことは、接待されるのはこっちじゃないの? って言ってんの」
 そこまで丁寧に説明をしなくてもわかりそうなものを、あえて怜は嫌味なくらい丁寧に答える。
 しかし、斎には全く納得する様子がない。
「あんなぁ、怜ちゃん」
「何さぁ、斎ちゃん」
「誕生日ってもんは、誰の為にあると思っとるん?」
「当然、自分の誕生日は自分自身の為でしょうが」
「あぁっ、何と嘆かわしい……」
 怜が答えた途端に、斎は芝居がかった口調と仕草で頭を抱えた。
 一体いつの時代の人間だとツッコミを入れたくなるのを我慢して、怜は大きくため息をつく。
「斎、意味がまったくわからんのだけど」
「そんなん、怜ちゃんの誕生日はウチの為にあるに決まっとるやん」
 さも当たり前のように、それが唯一の正解であるかのように、斎はそう言い放つ。
 さすがの怜も、呆れてしばらく言葉が返せなかった。
 どこをどう考えればそういった思考に辿り着くのか、全く見当がつかない。見当がつかないので、怜は斎の思考回路を理解しようとする行為を放棄した。
「まさか、このケーキも自分で食べたいからとか?」
「レシピ見て美味しそうやったしなー。あ、お酒はちゃんと『とっておき』持ってきたし」
 自分の真横に置いていた紙袋を、斎は目線だけで示す。怜がちらりと中を覗くと、【国士無双】と銀色で書かれたラベルが見えた。
 二人が共通して気に入っている銘柄である。しかも今回は地方限定発売のものらしかった。斎なりに気を遣った結果のセレクトなのだろう。
「ほら、はよ皿とフォークとグラス! あと包丁は、お湯で温めてな」
「はいはい、わかった、わかりましたよ」
 斎の傍若無人さは今に始まったことではないので、怜は諦めて食器と包丁を用意する。
 ケーキの箱を開けると、予想していたよりもずっと見事なケーキが入っていた。デコレーションはほとんどなく見た目は至ってシンプルなのだが、買ってきたものだと言われても信じてしまいそうなほどの出来映え。
 せっかくだから、包丁を入れるのはもう少し後にしようと思い、先に酒の封を開けた。
 それぞれのグラスに、透明な液体が注がれる。
「かんぱーい!」
「……乾杯」
「何やテンション低いなぁ」
「斎が無駄に高いだけ」
 普通は「誕生日おめでとう」とか「ハッピーバースデー」とか言うもんじゃないか? と怜は心中で考えつつ、けれど実際斎にそんなことを言われても恥ずかしいだけだと思い直した。
 しかし、そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、怜の考えを見透かすようにニヤリと斎が笑う。
「しゃあないなぁ。ほな、『誕生日』――」
「うわっ! 斎! サムイからやめんか!」
 グラスを掲げて声高に叫ぼうとする斎を、怜は慌てて制した。
 そんな怜に、斎は悪戯な笑みを浮かべる。
「ええやん、別に」
「この年で『誕生日おめでとう』もないと思わん?」
「ちゃうって」
「は?」
 ひらひらと手を横に振って否定する斎に、怜は疑問全開の表情。
 何が違うというのかがわからない。
「『誕生日おめでとう』とちゃうよ」
「じゃあ、何さ?」
 まだわからないままの怜に、斎はニッと悪戯っぽい笑みを深める。
「さっき言うたやん? 誕生日は自分の為のものとちゃうって」
「あぁ」
「だから――」
 斎がグラスを持ち上げ、怜にも倣うようにと促す。
 訳のわからぬまま怜もグラスを手に取った。
 それに斎はカチンと軽く触れ合わせ、
「『誕生日ありがとう』や」
「……『ありがとう』?」
 その感謝を向ける相手が怜には分からない。斎はそれを察し、グイと国士無双をあおると、今度は柔らかく微笑んだ。
「年数える為に誕生日はあるんとちゃうやん? その人が生まれてきたことを、そんでもって今まで生きてきて出逢えたことを感謝する為にあるんとちゃうんかな?」
「斎……」
「ウチえぇこと言うたわー」
「それは自分で言わない方がいいと思うけどな」
 ツッコミながらも、怜の頬は自然と緩む。
 冗談ぽく茶化した言い方をする斎ではあったが、そこにはちゃんと本心が垣間見えているからだ。
 そして、怜も心の中で小さく感謝する。
 そんな友人と出逢えたことに。
「ちゅうことで、ウチの誕生日にはウチに感謝せなあかんで、怜ちゃん。あ、お酒はアレでええわ、【雪中梅】」
 押しつけがましく斎の指定したのは、新潟県の有名な銘柄。そして斎のお気に入りベストスリーに入るものだった。
「……おまえ、自分の誕生日は自分の為か」
「当たり前やん」
 即答する斎に、怜は反射的に黒い笑顔を浮かべていた。先ほどまで胸の内にあった感謝の気持ちを返してほしい気分になったのだ。
「こらこらー。さっき自分で何て言ったのか覚えているかいー?」
「んー。もう忘れたー」
「都合のいい脳味噌なのねー、斎ちゃん」
「そうそう、ホンマに忘れとった。もうそろそろナクちゃん来るしー」
「ナク?」
 ナクとは二人の共通の友人・名倉優のことだ。斎ほど怜の家に入り浸ってはいないが、遊びに来る頻度は非常に高い。といってもその半分近くが斎に強引に拉致されたり、呼び出されたりした結果であった。どうやら今回もそうなのだろうと怜は見当をつける。
「来る前にメール入れといてん。『怜ちゃん家集合!』って」
「……本人に了承取ってからにしようね、斎」
「えー? そんなん面倒臭いやん」
「面倒臭いじゃなくて、ここの部屋の主は誰ですか」
「怜とウチとナク」
「連名にすんな!」
 思わず怜がツッコミを入れた瞬間に、ピンポーンとインターホンが鳴り響いた。
 ドアの外にいるのは、おそらく斎の予告通り、無理やり呼び出された友人なのだろう。
「ほら、怜ちゃんはナクちゃんのお出迎え。ウチはナクちゃんの分の食器用意しとくし」
「いつも思うが、自分とナクの扱い違わないか?」
「だってナクちゃん見とったらオカンな気分にならへん?」
「……まあ、わからんでもない」
「やろ? ほら、行った行った」
 怜を玄関へと促して、斎は台所へと姿を消した。
 一息ついて、怜は玄関へと向かいながらこれから始まるだろう宴にそっと笑みを浮かべる。  多分、今夜は夜通し飲み続けることになるのだろう。
 好物の酒と、特製のビターチョコケーキと、そして居心地のいい友人たち。
 そんな誕生日もいいと、またも怜の口元から笑みが零れる。  斎を出迎えた時とは違う柔和な笑みを伴って、怜はゆっくりと玄関のドアを開けた。

 *

 誰にともなく、感謝を向けて――。
 生まれてきてくれて、ありがとう。
 出逢ってくれて、ありがとう。
 Happy Birthday!  I’m thankful to your birth for my fate.畳む

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