人色50Title《月》16 引き摺り続ける過去尚志視点/尚志×郁 歪花。( http://www.usamimi.info/~miuta/magari/ )様のお題から。 恐らく大学時代の尚志×郁。 二人は大学近くのマンションに同棲中です。 ※微エロです。R-15にもならない?続きを読む 窓を叩く雨音が、一層激しさを増した。視線を目の前のディスプレイから半分だけカーテンの引かれた窓へと移すと、大粒の雨滴が数え切れないほど花開いては散っていく。 夜半の深雨は、嫌いではない。だが、彼女にとっては思い出したくもない過去を無理やり引きずり出してつきつける、苦々しいものでしかないのだろう。 それを知っているからこそ、彼は静かにその部屋をあとにし、隣の寝室へと続くドアをそっと開けた。 彼女はまだ眠っていた。クイーンサイズのベッドの上で、ブランケットに埋もれるようにして身を縮めながら。 その表情はとても穏やかと言えるものではない。苦悶に歪み、眦からは幾つもの雫が伝い落ちてはシーツを濡らしている。 指先でそっと涙を拭ってやり、小さく名前を呼ぶ。呼応するように、彼女が大きく身を震わせて上体を起こした。かすれた声で、確認するように彼の名を口に乗せる。 それを吸い取るかのように深く口づけると、強引に彼女の体を抱き寄せた。小柄な彼女は容易に彼の腕の中に囚われ、抗うことはない。 常ならば、冗談めかしてその腕から逃れようとするだろう。否、こんなにあっさりと捕まること自体が有り得ない。 けれど、今は違う。彼女は彼を絶対に拒まない。それどころか、そのぬくもりを欲するかのように強く縋りついてくる。 纏わりつく、過去の悪夢から逃れたい一心で。 はだけた胸元から滑らかな肌に手を這わせると、嗚咽にも似た悦楽を噛み殺した声が漏れる。 甘い囁きなど必要はなく、繰り返し名を呼ぶだけ。二人の間には、「好き」も「愛している」も意味のない言葉だった。ただ、名を呼ぶ合い間に唯一彼が告げる言葉がある。 ――俺は、どこにも行かない。 その一言に、彼女が安堵することを知っていた。そうして言葉を与え、深く体を繋げることで、彼女の耳から激しい雨音を遠ざけてやる。 そんなことくらいしかできないのだ。それほどに、彼女の背負う傷は大きい。十年ほどの年月が過ぎようとし、その傷の原因となったものを取り除いた今となっても、癒されることなく血と涙を流し続けるほどに。 疲労と安堵で眠りについた彼女を腕の中に閉じ込めたまま、彼もまた眠る。 翌朝にはきっと、いつも通りの太陽の如き笑顔で、彼女は彼を邪険に扱うだろう。鬱々しい雨など払いのけるほどの笑顔で。 二人分の静かな寝息を、次第に弱まっていく夜半の雨音が優しく包み、やがて溶けるように消えていった。畳む#番外編 2023.11.10 (Fri) 禍つ月映え 清明き日影七夜月奇譚
尚志視点/尚志×郁
歪花。( http://www.usamimi.info/~miuta/magari/ )様のお題から。
恐らく大学時代の尚志×郁。
二人は大学近くのマンションに同棲中です。
※微エロです。R-15にもならない?
窓を叩く雨音が、一層激しさを増した。視線を目の前のディスプレイから半分だけカーテンの引かれた窓へと移すと、大粒の雨滴が数え切れないほど花開いては散っていく。
夜半の深雨は、嫌いではない。だが、彼女にとっては思い出したくもない過去を無理やり引きずり出してつきつける、苦々しいものでしかないのだろう。
それを知っているからこそ、彼は静かにその部屋をあとにし、隣の寝室へと続くドアをそっと開けた。
彼女はまだ眠っていた。クイーンサイズのベッドの上で、ブランケットに埋もれるようにして身を縮めながら。
その表情はとても穏やかと言えるものではない。苦悶に歪み、眦からは幾つもの雫が伝い落ちてはシーツを濡らしている。
指先でそっと涙を拭ってやり、小さく名前を呼ぶ。呼応するように、彼女が大きく身を震わせて上体を起こした。かすれた声で、確認するように彼の名を口に乗せる。
それを吸い取るかのように深く口づけると、強引に彼女の体を抱き寄せた。小柄な彼女は容易に彼の腕の中に囚われ、抗うことはない。
常ならば、冗談めかしてその腕から逃れようとするだろう。否、こんなにあっさりと捕まること自体が有り得ない。
けれど、今は違う。彼女は彼を絶対に拒まない。それどころか、そのぬくもりを欲するかのように強く縋りついてくる。
纏わりつく、過去の悪夢から逃れたい一心で。
はだけた胸元から滑らかな肌に手を這わせると、嗚咽にも似た悦楽を噛み殺した声が漏れる。
甘い囁きなど必要はなく、繰り返し名を呼ぶだけ。二人の間には、「好き」も「愛している」も意味のない言葉だった。ただ、名を呼ぶ合い間に唯一彼が告げる言葉がある。
――俺は、どこにも行かない。
その一言に、彼女が安堵することを知っていた。そうして言葉を与え、深く体を繋げることで、彼女の耳から激しい雨音を遠ざけてやる。
そんなことくらいしかできないのだ。それほどに、彼女の背負う傷は大きい。十年ほどの年月が過ぎようとし、その傷の原因となったものを取り除いた今となっても、癒されることなく血と涙を流し続けるほどに。
疲労と安堵で眠りについた彼女を腕の中に閉じ込めたまま、彼もまた眠る。
翌朝にはきっと、いつも通りの太陽の如き笑顔で、彼女は彼を邪険に扱うだろう。鬱々しい雨など払いのけるほどの笑顔で。
二人分の静かな寝息を、次第に弱まっていく夜半の雨音が優しく包み、やがて溶けるように消えていった。畳む
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