No.1

Strategist's secret plan
改稿前SS1/アルゼ視点

 ベルティリア帝国・帝都サンベルティ。
 国の主たる聖帝の住まう宮城内の一角に、騎士団長が会議を行う専用の部屋がある。そこでは毎日欠かさず私ことアルゼ・アビリットを含む四騎士団長と近衛騎士の筆頭が会議を行っていた。
 内容は、城内城下を問わず治安についてや兵の訓練状況など様々だ。しかし、毎日意見を交わしている為、大した意見交換を行うこともなく終わる日も当然出てくる。
 その日も、早々に話し合うべきことは無くなり、近衛筆頭騎士のロデオ殿が先に退室した。それを機に、サミーは椅子ごとガタガタと移動し、キースにすり寄るように近づく。そのどこかニヤついた表情にキースは嫌な予感を覚えたのか、あからさまに顔を引きつらせた。
「なあ、キース。ちょーっと訊きたいことあるんだけどさー」
「訊くな」
「ちょ、ちょっと、それはないでしょーがっ! 俺、まだ何も言ってないけど!?」
「どうせロクなことじゃないだろ」
 にべもなく言い捨てるキースに、話を聞いているだけの私も思わず頷いてしまっていた。同様にソフィアも。
 キースの言うように、サミーの『訊きたいこと』などロクなものだった例がない。私がエマと結婚した当初も、好奇心の塊を熟練の職人の手で磨き上げたような無駄に輝いた瞳で、不躾で下世話な質問を寄越したものだ。私のプライベートを聞いて何が楽しいやら、全く理解が出来ない。
 私達三人の態度に、サミーは少しばかり気を落としたようだったが、それでも懲りずに話を続けるつもりらしかった。
「せめて質問内容聞いてから返事してくれたっていいだろー? 嫌なら答えなくっていいからさー」
「あー、もう、わかったから揺するな! 零れるから!」
 お茶を飲もうとしているところを、駄々をこねるように揺すられ、キースは半ば自棄になって応じた。途端にサミーの表情がパッと明るくなる。
 何だかんだ言っても、キースは私やソフィアに比べればサミーに甘い。どうせ聞いたら後悔するだろうにと心の中で哀れに思ったのだが、キースが聞いてやるというものをわざわざ止める必要性も感じないので、私も黙って聞くことにした。
「さっすがキース! 優しいなぁー」
「お世辞はいいから、さっさと言えよ」
「うんとさ、サクヤちゃんとどこまでいってんの?」
「ぶっ!」
 サミーの直球過ぎる質問に、キースは思い切り口に含んだお茶を吹き出していた。そのまま、むせてゴホゴホと咳き込んでいる。
「キース、汚いぞ」
「……サミーっ! おまえなっ!」
 冷静に指摘をしたが、キースにその声は届いていないようだった。苦しそうな涙目になりながら、サミーの胸元を掴み詰め寄っている。
 それにしても、喜劇を見ているようなキースの反応は面白い。私自身としても、少々興味のある内容だっただけに、二人のやりとりをこのまま温かく見守ってやろうと思う。
「何でそんなに怒るのさー」
「当たり前だろ! 何考えてんだよ、おまえは!」
「でもさ、若い男女が一つ屋根の下で暮らしてんだよ? しかもサクヤちゃんみたいな可愛い子だし、何もない方がおかしいかなぁーっと……」
「何もなくてもおかしかないだろ。ええ?」
 低い声音でサミーに言い聞かせるキースの様子は、既に脅しの域に入っていた。
 しかし、意外だ。キースがサミーと違いストイックなのは充分過ぎるほどにわかっていた。だが、いくら何でも同じ家で好きな異性と暮らしていて我慢ができるとは流石に思えなかったのだ。一体、どこまでストイックなのか。それとも単に奥手なのか。
 そういえば、キースは今まで女性関係であまりいいことがなかったらしいから、慎重になっているのかもしれない。いや、それにしたってサクヤは裏表のあるような性格ではないし、慎重になる理由にはならないか。
 珍しいものでも見るような眼で凝視していると、視線に気付いたのかキースがこちらを振り返った。
「何だよ、おまえらまで」
 明らかに不服そうな表情だ。
 おまえらということはソフィアもかと気付き、横目でちらりと窺うと、呆然としたソフィアの顔が見えた。ここまで呆気にとられているソフィアというのも滅多に拝めない。しかし、すぐに気を取り直し、ソフィアは苦笑と共に謝罪した。
「ああ、いや、すまない。どこかの軟派な騎士団長と一緒にしてはいけなかったな。いくら一緒に住んでいるとはいえ、まだ結婚前なわけだし」
 ささやかにサミーに対しての嫌味をのせているのがソフィアらしい。が、言っていることは間違っていないので、私もその流れに乗って弁解しておくことにした。
「しかし、おまえがそこまで奥手だったとは思わなかったぞ」
「こらこらこら! ちょっと待てよ、おまえら! それ以前に俺とサクヤはそんな関係じゃないぞ!」
 慌てて否定するキースに、私は首を傾げざるをえなかった。ソフィアの方も、眉間に皺を寄せて思案顔。私と同じく合点がいかない様子だ。
 そんな私たちを呆れたように見つめ、キースは溜め息まじりに続ける。
「大体、何でそうなるんだ? いくら一緒に住んでるって言っても、サクヤは妹みたいなもんなの」
 なるほど、妹か。確かに、キースはアリストクラート家に引き取られる前は、教会で多くの孤児と一緒に暮らしていたという。その中には、妹のように思う存在もあっただろう。
 しかし、キースのサクヤに対する過保護ぶりは、ただの妹のような存在に対するものにしては過剰なように思える。
「じゃあさ、俺がサクヤちゃんの恋人になってもいいよね!」
 キースの言葉を受けて、俄かにサミーが元気になって乗り出した。
 しかし、キースはギッときつくサミーを睨みつけ、「駄目だ」と即答する。ほらみろ。やはり妹でないではないか。
「何でさー? 別にキースの恋人ってわけじゃないならいいだろうー?」
「絶対駄目。おまえみたいないい加減なヤツにサクヤは任せられない」
 兄妹というよりもむしろ父親のような言い方をするなと内心で思っていると、ソフィアがすかさず「それには私も同意する」と同調した。
 確かにキースの言い分も尤もだ。ただでさえ異世界に来て混乱しているサクヤが、こちらの生活や環境に慣れようと必死になっているというのに、サミーの面倒など看させるわけにはいかない。
「そうだな。サクヤ殿にこれ以上の負担を強いるわけにはいくまいし」
「何だよー。みんな揃って俺の邪魔するのかー?」
 私に駄目押しされたサミーは、口を尖がらせてぶつぶつと抗議の声を零すしかできないようだった。反対に、キースはわかりやすいほどにホッとしている。
 そこでふと、私の悪戯心がくすぐられた。我知らず笑みがニヤリと零れたけれど、幸いにも私の表情は異種族には読まれにくい。ただ、声音でバレてしまう可能性があるので、極めて冷静に口を開いた。
「別に私は邪魔をしているわけではないのだが。ただ、せっかくキースに訪れた春を、みすみす逃させるわけにはいかないだろう?」
 サミーを諭すように告げると、キースは予想通り顔を顰めて非難がましい視線を送ってくる。
「おい、アルゼ。何で話がまたそっちにいくんだよ。別にサクヤとはそんなんじゃないって――」
「今は違っても、この先どうなるかはわからないだろう?」
「いや、まあ、それはそうだけど……」
 言葉を遮って鋭く問い返すと、キースは面食らったように言葉を濁した。更に私は、畳みかけるように続ける。
「それに、前々から『そろそろ結婚して跡継ぎを』とか言われているのではないのか?」
「うっ……」
 完全にキースの言葉が詰まった。
 キースは今年で二十六歳だ。結婚に遅すぎる年ではないが、かといって早すぎるわけでもない。それに、アリストクラート家を継げるのはキースだけであり、早々に次の継嗣を望まれるのも無理のない話なのだ。
 何より、戦場に身を置く騎士の家系において、後継者のことは切実な問題でもある。周囲からのそういった声は、彼が騎士団長に就任した頃から既にあったはずだった。
「それは別にどうとでもなるだろっ」
「なっていないから、言われるのだろう? 先日もショーン様にお会いした時訊かれたぞ? キースに誰か良い娘はいないかと」
 キースの養父であるショーン・アリストクラート卿は、軍を退いてから体調も思わしくないらしい。その所為か、キースに浮いた話の一つもないことが気掛かりなのだろう。
 この様子では、近い将来ショーン様が選んだどこかの良家の令嬢と縁談があるかもしれない。
「ああ、それなら私も訊かれたな。とりあえず、一人心当たりがあるとは言っておいたが」
「ソフィア! ショーン様に何を吹き込んでんだよ!」
 血相を変えると言う表現がぴったりなキースに、ソフィアは悪びれた様子もなく微笑んだ。
 しかし、ソフィアに心当たりがあるとは予想外だ。女ながらに騎士となり家を継いだソフィアは、どちらかというと淑やかな令嬢たちを苦手としているような節があるのだ。とはいえ、ラスター家は親戚も多いから、それなり親しい仲の者に見合った令嬢がいるのだろう。
 そう思っていたら、これまた思ってもみない返答が返された。
「別に構わないだろう? サクヤなら、申し分ないと思うぞ。何より気も合っているようだしな」
 どうやらソフィアの心当たりは、サクヤのことだったらしい。確かにソフィアはサクヤを気に入っている様子だったので、すんなりと納得がいった。それと同時に、名案だと思う。私もショーン様にサクヤを薦めておけばよかったのだ。
「それはそうだな。では、私からもショーン様にそうお伝えしておこう」
「やーめーろー! ショーン様が本気で信じたらどうすんだよ!」
「別に構わないだろう? キースもサクヤなら上手くやっていけるのではないのか?」
 何を躊躇う部分があるのかと、私もソフィアも疑問で仕方がない。
 しかし、キースの「サクヤはアマビトだろうが」という言葉でようやく彼が激しく否定と抵抗を繰り返す理由が飲み込めた。
 サクヤはアマビト。異世界からの来訪者。それは同時に、いずれこの世界から本来の居場所へと帰ってしまうということだ。
「俺はサクヤに絶対元の世界に帰してやるって約束したんだ。そんな関係になれるわけがないだろうが」
 苦々しげに、けれど切なさを滲ませて、キースが呟く。そして徐に席を立つと回廊へと向かう扉に向かって歩き出した。
 そして、部屋を出る手前で足を止め、こちらに射るような視線を向ける。
「これ以上、そういうこと言うなよ? それと、ショーン様にもサクヤにも余計なことは吹き込むな。いいな?」
 戦場で見せるものと同様の威圧感を放ってそう言い残すと、キースはさっさと身を翻し、扉の外へとすり抜けていった。
 私もソフィアも、そして途中から完全に傍観者となっていたサミーも、キースの気迫に押されて全く何も言えずじまいだ。
 しばしの沈黙が、会議室内を支配する。それを破ったのは、途中からのけ者状態にされていたサミーだった。
「バッカだなぁ……」
 どこか同情するような色の見える声音だ。
「あの様子じゃ、完全に手遅れでしょ」
「……そのようだな」
 珍しくサミーの言葉にソフィアが同意を示した。そして、言葉にはしなかったが、私も同じ見解だった。
 本人は気付いていないのだろうが、以前のキースならあんな表情は絶対に見せはしない。育ちの影響か、他人に一切隙を見せないようにふるまってきたのがキース・アリストクラートという男なのだ。
 過去の女性関係にしても、何があっても取り乱した様子など見せなかった。それは勿論、相手に対してそれほど深い愛情を持っていなかっただけなのかもしれない。だとしても、淡々と関係を処理し、出逢いや別れがあったことすら後から知るほどだった。
 けれど、サクヤに関してはどうだろうか?  傍から見ていて過保護に思えるほどに細かい気配りを見せ、できうる限りの時間を彼女と過ごすことに割いている。少し前にサクヤが捕われて傷を負った時など、自分自身の失態にいらつくと落ち込むということを同時にやってのけたほどだった。
 何より、サクヤといる時やサクヤの話をしている時の表情は、今までに見たことがないほど優しく幸せそうに私の眼には映っていた。士官学校で出会って以来、もう十四年の付き合いになるが、その間一度たりとてそんな表情を拝んだことはなかった。
 そもそも、初めてサクヤと会った時にもおかしいと思ったのだ。
 キースは軽々しく他人に「守ってやる」などとは言わない。騎士などしていれば、それがどれほど大変なことかを身に染みて知っているからだ。
 無論、騎士になったからには、誰か――主に主君だが――を「守る」のが仕事だ。だからといって簡単にできることというわけではない。
 それでも「守る」とキースは口にした。口調は軽いものだったけれど、けっして意味までは軽くないはずなのに。それほどに思わせる『何か』が、サクヤにはあったのだろう。
「なーんかちょっとヘコんだなぁ。俺もそろそろ戻るわ」
 諸悪の根源ともいえるサミーが、白けた空気に堪りかねたように部屋を出ていく。
 ソフィアも居心地の悪さもあり、自分も執務に戻ろうと思ったのだろう。辞去の言葉もそれなりに残し、サミーの後に続いた。
「さて、どうしたものか」
 一人取り残された会議室で、呟いた声がいつになく響く。
 キースはああ言ったものの、素直に聞いてやる義理はないのだ。あのどうしようもなく色恋沙汰に無頓着な男に、ようやく似合いと思える存在がみつかったのだからどうにかしたいのが本当のところ。
「とりあえず、できうる限りのことをするしかない、か……」
 自らに言い聞かせるように呟くと、私は自分の執務室へと向かい、補佐の一人を呼びつけた。殴り書きのように幾つかの言葉を書き記し、その紙を補佐に手渡す。
「そこに書いてある資料を揃えてくれ。できる限り早くだ」
「了解しました」
 私の指示に従い、軽快な足取りで補佐が退室する。それを見送りもせず、私は今現在自分に課せられた職務を速やかに処理していくことに専念した。
 私にできることがあるとしたら、ただ一つ。
 アマビトであるサクヤと、こちらの世界の住人であるキースが共に在れる道を探すこと。
 その為に膨大な資料に目を通し、些細な事柄も見落としてはいけない。
 戦略を練る上で必要なのは、できる限り正確な情報とその量、そして固定観念に囚われないこと。さすがにこの件に関しては、生半可な気持ちではまともな答えは出ないだろうが、それでこそやりがいがあるというものだ。
 もしかすると、私にとって生涯で一番難しい攻略になるかもしれない。
 そう思いながらも、上手くいった時のことを考えて、人知れず私は笑みを零したのだった。畳む

#番外編

夢のあとさきそめし朝