風にゆれる かなしの花

とある日の父親たちの会話

 ベルティリア帝国には、聖帝陛下の直属である近衛騎士団の他に、国の四方を守る四つの騎士団がある。白、赤、青、黒の四色で表されるその四騎士団は、先日起こったとある事件のおかげで現在再編成と事後処理に追われていた。
 当然その騎士団を束ねる長は多忙を極め、無駄話をしている暇など一秒たりとてない。
 そう、一秒たりとてないというのに、この男は――。
「いやぁー、楽しみだなぁ。今頃到着しているだろうか? いや絶対に着いてるな。レオンは真面目だもんなぁ。約束の時間に遅れるなんてこと絶対にありえないもんなぁ」
 実に楽しそうに私の執務室で寛いでいるのは、暇なはずがない騎士団長の一人。そして二十年来の友人であった。
「メレディス青騎士団長。いつまでここに居座るつもりだ?」
「もう帰るってば。相変わらず君はお堅いなぁ。それに、君だって気になるだろう? レオンとフィーナがどうなるか」
 まあ結果は見えてるんだけど、と付け加えながら、またニヤニヤと顔を緩ませている。
 その気持ちはわからなくもない。
 というのも、今日私の一人息子であるレオンは、メレディスの娘のセラフィーナに会いに行っているのだ。ちなみに、二人は婚約者同士である。いや、だったと言うべきなのか? だがしかし、セラフィーナには正式にレオンが婚約破棄を申し出たことをまだ伝えていない。より正確に言うならば、レオンが今日エスクァーヴ家まで出向いている理由が、「婚約破棄をセラフィーナに直接伝えに行く」ことなのだ。
 何故それがメレディスの頬を緩ませることになっているのかというと、答えは単純である。
 レオンは間違いなく、セラフィーナに会えば婚約破棄をする気など失せてしまうということだ。
「気になるも何も、アルヴィンの話を聞けば結果は明白だろう」
 レオンが神妙な顔で私の元を訪れ、婚約破棄をしたいと言い出したときは耳を疑った。
 だが、セラフィーナとレオンの様子について、最も二人と身近に接しているアルヴィンに訊ねると予想外の事実が発覚したのだ。
 いや、まさかそんな事態になっているとは露ほども思いもしなかった。そして、我が息子ながら、あまりの奥手ぶりに少々呆れてしまった。
「ほんっと、レオンって君の若い頃そっくりだよねー」
「私はレオンほど恋愛に疎くはなかったぞ」
「それってば士官学校の頃は、だろ? 皇女様にはタジタジだったじゃないか」
「そ、それは別に恋愛感情云々ではなく、身分の問題があったからでだな……」
「嘘だね」
 私の反論をたった四文字で封じ込め、メレディスはニヤリと口角を上げる。腹黒い悪役のようだからその笑い方はやめた方がいいと心底思った。
「ほんとそっくりだよ。惚れた相手にはとことん一途なところが特にね」
「アレクシア殿と結婚するためだけに騎士団長まで上り詰めた男が何を言うか」
「ん? それは一途って言うんじゃなくて、ただの愛の力だよ?」
 聞いているこちらが赤面しそうな台詞を恥ずかしげもなく吐く友人に、思わず溜息が零れた。この男が近い将来、レオンにとって義理の父になるのかと思うと、流石に同情を禁じ得ない。間違いなく、玩具にされる。私のときのように。
「うん、でもね。君にそっくりだから、僕も安心してレオンにフィーナを任せられるんだよ」
「メル……」
「あ、何? ちょっと感動しちゃった? 今ちょっと僕のこといい奴だとか思っちゃったでしょ?」
「いい加減に執務に戻れ。廊下の方からおまえを探すアイザックの声が聞こえてきているぞ」
「うわっ! よりによってアイクか!」
 それまでののんびりとしきった態度を改め、メレディスは陣取っていたソファーから跳ね起きた。いそいそと服装の乱れを正すと、邪魔をしたなと扉へと向かう。部屋を出る手前で振り返ると、ふっと笑みを零した。それは今度は先ほどの悪役じみた笑みとは正反対の、父親らしい慈しみの深さが滲んでいる。
「この件が落ち着いたら、久しぶりにゆっくり飲もう。可愛い子供たちの幸せな未来を願ってね」
「ああ。そうだな」
 私の答えに満足そうに頷くと、次の瞬間には騎士団長の顔へと戻っていた。
 そのままメレディスが部屋を出る。扉が閉まった途端、逃亡癖のある騎士団長をようやく捕獲した補佐官の声が聞こえてきた。
「さて、メルじゃないがレオンからの報告が楽しみだな」
 非常に気まずそうに、同時にとてつもなく幸せそうな顔で私に事の次第を説明しに来るだろう息子のことを考えると、やはり自然と表情が綻んでしまう。メレディスもだが、結局私自身もかなりの親馬鹿なのだ。
 仕方がない。一生で唯一愛した女性との間に生まれたたった一人の息子なのだから。
 そんな言い訳をしながら、友人のおかげで捗らなかった仕事へ専念するために気持ちを切り替えた。