Song for Snow

#0 Snow Like Ash

 空から舞い降りる白いカケラが、指先に触れて雫へと変わる。
 眩しくもないのに目を細めて、ゆきは空を見上げた。
 暗い色の雲を背景に、純白のはずの雪の華が薄汚れているようにすら見える。それは、花びらというよりも灰と言った方が相応しいように思えた。

 いつかも、こんな風に空を見上げたことを思い出す。
 その時にはもっと綺麗だったのにと、そう思ってから苦笑が零れた。
 それはきっと、一緒に見上げる人の存在があったからなのだと気付いたからだ。
 純粋で、ひたむきでいられたあの頃。隣で笑う人の存在が、自分自身をそうさせていた。
 何よりもその人が、雪のように清らかで柔らかで優しかったから。
 そして、今の自分自身には『花びら』よりも『灰』の方がぴったりだと思えた。
「ゆき」
 記憶に重なる声で呼ばれて、振り返る。しかし、そこに立つのは、その記憶の中にある人とは、全くの別人。
 それでも、今この場にこの人がいて、こんな風に呼んでくれることが嬉しいとゆきは思っていた。
「何、見てるんだ?」
「……ゆき」
 短い問いに、ゆきは少し考えてから簡潔に答える。
「そのままだな」
 呆れたような、困ったような、どっちとも取れる笑顔で貴久は呟いた。それに応えるように、ゆきも口角を僅かに上げる。作り慣れてしまったその表情には、微かな苦味が自ずと混じった。
「ゆきの笑い方って、『ゆき』みたいだな」
 唐突な貴久の評価に、ゆきは思わず小さく笑ってしまった。
「貴久さん、それってどんなの?」
「そのままだよ。触れた瞬間に消えそう」
 そう言う貴久の微笑の中に、自分と同質のものを感じ取り、ゆきはもう一度空を見上げた。
 きっと、『二人』はよく似ている。
 そしてこんな風に雪花の舞う日には、二人揃って笑顔を作るのに苦労をするのだろう。
「ほら、いつもでもこんなところにいたら風邪ひくぞ」
「うん」
 貴久に促され、ゆきはゆるやかに一歩を踏み出した。
 その頬を、ふわりと生まれたての白雪が撫でてゆく。耳元で、懐かしい音が聴こえた気がした。
 思わず足を止め、振り向いてしまう。
「どうした?」
「……ううん、何でもない」
 広がる風景の先に、探している人がいるはずはない。
 わかってはいるのに、振り返ってしまった自分自身を嗤うように、ゆきは静かに微笑んだ。

 車に向かう二人を包み込むように、白銀の花がどこまでも優しく降り注いでいた。