禍つ月映え 清明き日影

章之壱 清輝に惑う

序 嗤月

 月が、嗤っていた。
 下界を見下ろし、自分こそが全天を支配するに相応しいと云わんばかりに、皓く輝いて。
 その光は、どこまでも清明にして荘厳で、一分の過ちも赦さない無慈悲な女神のようだった。

 ――煩わしい。

 ぽつりと、暗い庭の中ほどで小さな声が零れ落ちる。
 それは淡々とした口調ながらも、心底疎ましく思っているとわかるもの。声の主も自覚があるのか、自嘲の笑みが微かに重なった。
 月光を避けるように足元の白い玉砂利へ視線を落とすと、背後から気遣わしげな指先が肩に触れる。その指先にそっと自らの手を重ね、言葉もなく頷いた。
 わかっている。そう告げるかのように。

 ゆるりと、顔を上げる。闇色に染まった空には、なおも冴え冴えとした蒼白い月が、我が物顔でのさばっていた。
 円い面を射るように睨みつけると、肩に置かれたままだった手をそっと解き、おもむろに踵を返す。
 玉砂利を踏み締める音が二人分、静寂に満ちた庭に波紋を広げた。母屋から洩れ出る香の甘い香りが、その音にのって夜闇にはじける。

 その背中に淡い光を投げかけながら、月はいつまでも嗤っていた。