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ギャンブラーな彼女
俺には同棲中の彼女がいる。
自慢じゃないが、結構可愛い。そのうえ料理も上手いしよく気も利く。
何を取ってもごく一般的な俺にとっては申し分のない彼女なのだ。
但し、ある一点を除いて――。
月曜日。
夕方いつもより少し遅めに我が家に戻ってきた彼女がひどくご機嫌だった。
もともと料理好きな彼女は、マメにご飯を作ってくれる。その日も帰りに買い物をしてきたのか、大きなスーパーの袋を提げての帰宅だった。
「おーい、また随分買い込んだなぁ」
「えへ。今日はちょっと臨時収入が入ったから」
嬉しそうな笑顔でこれから料理する分の食材はテーブルの上にのせ、それ以外は次々と冷蔵庫に詰めていく。
そのテーブル上に置かれた牛肉の値段を見て、俺は思わずぎょっとして二度見してしまった。
「ちょ、ちょっと待て! グラム千二百円って……!」
「大丈夫、大丈夫! 今日ね、たまたま座った台が設定六で、千円投資で二十万勝ちだったから」
キラキラと瞳を輝かせて言う彼女に、俺はただ「ああ、そう」と頼りなく答えることしか出来なかった。
そうか、スロットで馬鹿勝ちしたのか。
夕食で出されたステーキは、やはり値が張るだけあってそれはそれは美味でした。
火曜日。
朝から俺は彼女と仲良く大学の講義へと向かった。
俺たちの通う大学までは、電車で十五分ほどかかる。家から最寄り駅までが徒歩五分ほどで、電車を降りてから大学までがまた五分少々かかるから、三十分ほどあれば着く計算だ。
電車に乗るのにギリギリ間際になるのは性格的に許せないので、いつも十分ほど早めに出る。
その最寄り駅にもう辿り着くという頃だった。
「あ、そうだ」
思い出したように彼女がごそごそとカバンを漁り、自分の財布を探し出した。更に財布を開けて、中から何やら紙切れを取り出す。
「どうしたんだ?」
「そういえば、ナンバーズ当たってたなと思って」
「……いくら当たったんだ?」
何となく嫌な予感はしつつも、聞かずにいられないのが俺の性分だった。
しかし、彼女は特別興奮した様子もないから思い過ごしかもしれない。
「大した金額じゃないよ。六万くらいかな?」
「そ、そうか。そうだな」
「あ、でもこの金額じゃ銀行行かなきゃダメかー。学校遅れちゃうし、また今度にするね」
「うん、そうだね」
単調な相槌を打ちながらも、俺はこみ上げる虚しさを必死で抑え、笑顔を繕うしかなかった。
(俺、宝くじ七等の三百円しか当たったことないんだけどな)
そうか、金額が上がると銀行じゃないと換金できないんだなどと、自分には全く必要のない知識の増えたさわやかな朝でした。
水曜日。
大学の講義が午前中で終わった為、俺は彼女と二人でショッピングへと出かけた。
ついでに昨日彼女が言っていたナンバーズの換金の為に銀行へも寄る。
それプラス月曜にも景気よく二十万をゲットしている彼女は、せっかくだからとがっつりと買い物をする気満々だった。
ショッピングモールに入り、彼女が普段利用しているショップだけでなく、普段ならウィンドウを眺めるだけのブランド店にも足を運ぶ。
「ねえねえ、和貴。これ可愛くない?」
気に入った洋服を自分に合わせてみて、俺に感想を聞く姿はやっぱり可愛い。
うんうんと頷いて「よく似合うよ」と言ってやれば、はにかんだ笑顔が返ってくる。
俺の言葉に気をよくしたのか、かなりの数を買い込んだ彼女が清算を済ませると、商品の入った紙袋は結構な大きさになって現れた。
俺は彼女がそれを受け取るより先に、その荷物を持って先に店の出口へと向かう。
大きな荷物を持ったままでは、他にいるお客さんに迷惑だと思えたからだ。
彼女がお釣りを受取ってから遅れて出てくると、その手には薄いピンク色の紙が握られていた。
レシートではない。彼女はレシートはたたんで財布にしまう主義だから。
何だろうと思っていると、彼女がその紙を持つ手をひらひらと振った。
『春の大感謝祭』と、そのピンクの紙に書かれているのが見える。
「福引き券、二回分もらっちゃった。私と和貴で一回ずつ引こうね」
「あ、ああ」
そう返事はしたものの、すでに俺の心の中は嫌な予感が大感謝祭を始めていた。
ウキウキと楽しそうな彼女に引っ張られるように、ショッピングモールのほぼ中央にある抽選会場へと向かう。
多くの人で盛り上がる『春の大感謝祭』抽選会場に向かうほど、俺の『嫌な予感大感謝祭』も盛り上がりを増していった。
数分待って、ようやく俺達の抽選の番になる。
抽選の列は幾つもあったので、俺と彼女はほぼ同時におなじみのガラガラ回す抽選機を回した。
次の瞬間、カランカランカランッと高らかになり響く鐘の音。
俺の目の前には、真っ白の玉がある。
うん。最も多い奴です。残念賞ってやつです。ポケットティッシュがもらえるので、花粉症の人はちょっと助かります。
そんな感想を抱きつつ、ちらりと彼女の方を向くと、
「おめでとうございます! 特賞出ました! 大型液晶テレビゲットですよ、お嬢さん!」
「へ、へぇーっ!? か、和貴、当たっちゃった!」
「うん、良かったね」
「うん! これで大画面で映画もゲームも楽しめるね!」
無邪気に喜ぶ彼女の眩しい笑顔を見つめながら、さて置き場所はあるかなと、そんな心配ごとをして虚しさを紛らわせるのが精一杯でした。
木曜日。
ちょっと、というよりもかなり狭くなってしまった部屋で、俺は彼女と寛いでいた。
大きな液晶テレビはさすがにいいものだけあって、画面も綺麗だし見やすい。
せっかくだからと二人で映画のDVDを借りてきて、堪能しているところだった。
ピンポーンと、インターホンが鳴った。新聞の勧誘かと思いつつ出てみると、何故かいたのは宅配業者。
実家から何か届くとも聞いていないし、彼女の方から届くとも聞いていない。けれど宛名の確認をされたらしっかりと俺の名前だった。
覚えがないけれど、俺に届いたのならば問題ないだろうとサインをし、荷物を受け取る。
小ぶりな段ボール箱はひんやりとしていた。『クール便』のシールが貼ってあるから、その所為だろう。
部屋の中に戻り、送り主を確認する。
「何だコレ? 『懸賞アテ得?』」
ふざけた名前だと呟いた途端、彼女がああと思いついたように側に寄ってきた。
「それ、この間私が応募したヤツだよ。和貴の名前で送ったの」
どうやら彼女が懸賞雑誌を見て応募したものが当たったらしい。中身は何かと思って品名を確認すると、『最高級松坂牛』と書かれていた。
「そうか、松坂牛か」
「そう。すんごく美味しそうだったんだ。今日の晩ご飯はすき焼きだね」
「うん。俺すき焼き大好きだよ」
どこか遠い目をしながら、俺は今までの人生を振り返ってみた。
俺の生涯の中で当たったことがあるものは、前にも言った通り宝くじ三百円。そしてお年玉つき年賀状の切手シートくらいしかない。
人生ってやっぱり不公平なんだなと悟ってしまった二十歳の春でした。
金曜日。
久しぶりに彼女が先輩たちと呑みに行くということで俺は一人で夜を過ごしていた。
時刻は十一時をまわった頃。さすがにあまり遅いと彼女が心配だ。
もちろん、迎えに行くから連絡は寄越すように言ってある。
彼女のことだから日付が変わるほど遅くなることはないだろうと思った途端、俺の携帯の着信音が響いた。
流れるメロディーから、彼女からだとわかる。
俺は見ていたテレビのボリュームを落とし、電話に出た。
「もしもし」
『和貴ー、勝ったよー』
「勝った?」
第一声から意味不明な彼女の台詞に、思わず眉間に皺が寄る。
そんな俺の様子も知らずに、彼女は呑気な口調で続けた。
『二次会、麻雀だったんだー。二半荘連続東二局で先輩ハコらせちゃって、帰れって怒られちゃったー』
「あー、それは怒られちゃうねー。で、そんなに大きな手上がったの?」
『うん。国士とねスッタン』
「そうかー。二半荘で役満二回はすごいねー」
そうですか、『国士無双』と『四暗刻単騎待ち』ですか。
そういえば『国士無双』は国で並ぶもののないツワモノって言葉ですよね。
貴女こそが『国士無双』といっても過言でないのでは? などと思いつつ。
「じゃあ、どこまで迎えに行こうか? 今どこ?」
落胆を通り越し、何も聞かなかったことにしようと、そうするしか術のない俺でした。
そう。俺の彼女は恐ろしい強運の持ち主なのだ。
パチンコ、パチスロ、競馬に麻雀。宝くじもあればその他諸々の懸賞などにも手を出しまくっている。
そしていつも結果はプラス収支。金額に差はあれど、負けることがかなり少ない。負けたとしてもそれまでのプラス分があるのだから、トータルで見れば思い切り黒字だった。
それにひきかえ、俺はクジ運だとかヒキだとかいうものが全くない。大吉の多いと言われている神社でおみくじを引いたって『凶』を引いてしまうくらいだ。
俺たち二人のことをよく知る友人たちは口を揃えてこう言った。
「和貴の運、全部吸い取られてるんじゃねえの?」
初めは笑って聞いていたその台詞を、最近本気で心配している。
そんな彼女が、珍しく週末に競馬もスロットにも行かずに家にいた。
「珍しいな。今日は行かないのか?」
「そんな人をギャンブラーみたいに言わないでよ」
充分ギャンブラーだろ! とツッコミを入れたかったが、とりあえず堪える。
自分自身の気持ちを落ち着けるためにも冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出し、二人分注ぐ。
そのグラスを渡しながら、
「おまえほど運があったら、ギャンブルで食って行けるだろうが」
そう言って彼女の隣に腰を下ろした。彼女はコーヒーは素直に受け取るが不思議そうに首を傾げる。
「何言ってんの和貴。私もうとっくに運使い果たしてるよ?」
「アレでかっ!?」
とうとう堪え切れずにツッコミを入れると、「だって」と彼女がにっこりと俺に笑いかけた。
その笑顔は見惚れるほど綺麗で可愛くて、犯罪的だ。
「だって、和貴が付き合ってくれてるもん」
「え?」
「和貴に告白したのが、私にとって一世一代の大博打だったの。で、それに成功しちゃったからもう運なんて残ってないよ」
思いもよらない展開に、カーッと頬が熱くなった。多分第三者から見たら茹でダコのように真っ赤になっている俺がいるはずだ。
へへっと照れたように彼女が笑う。彼女自身も自分で言っておいて恥ずかしくなったのだろう。
「……ということで、最近の私のヒキの良さはきっと和貴のおかげだよ」
「そ、そうか……」
お互い照れ照れで納得しかけて、俺ははたと気づいた。
やっぱりそれって、俺が運を吸い取られているんじゃないのか!?
けれど、少し考え方を変えてみる。
こんな強運の持ち主が彼女な俺は、もしかしなくてもとんでもなくラッキーなんじゃないだろうか?
しかも可愛いし、料理上手だし、気が利く上に何故か何の取り柄もない俺にベタ惚れしてくれている。
ああ、そうか。
一番の強運の持ち主は、『俺』でした。