夢のあとさきそめし朝

序幕 それは、夢のおわり

序幕 それは、夢のおわり

  何度も何度も、夢を見る――。


 遠くから微かに聴こえる剣戟。時折地面を伝ってくる衝撃は、城壁が崩れ落ちている所為だろうか。
 湿気て微臭い空気は、いつの間にか濃い血の匂いに侵食され、纏わりついて離れない。かつてと――『あの時』と、同じように。
 傍にあるだけで安堵を覚えるような鍛え上げられた体は、けれどもう指一本もまともに動かせなくなっていた。まだあたたかなその体を、そっと抱き締める。
 仄暗い地下通路には私と彼だけ。二人分の影だけが、蹲るように寄り添っていた。
 腕の中にあるぬくもりが、少しずつ、けれど確実に薄れていく。幾度となく名を呼んでも、全てを受け止め包み込んでくれるようなあの声は返らない。
 それでも優しい眼差しだけは、いつもと変わらず私に向けられていた。
「……嘘つき……」
 穏やかなヘイゼルの瞳に詰る言葉を投げつけてみても、失われていく熱は留まってはくれない。白かったはずの長衣は、とうに赤黒く染め上げられていた。
 血の気の失せた唇が微かに動く。それは、少し前までは音を伴っていた謝罪の形。
 否定するように、私は何度も首を振る。
 謝られたくなんかなかった。謝らなくていいから、ただいつもと同じように一緒に笑って、他愛無い会話をして、穏やかな時間を過ごしていたかった。
 私の望みは、そんな小さなものでしかなかったのだ。
 けれど、そのささやかな望みが、どれほど得難くかけがえのないものなのかも知っていた。それが、いつ失ってもおかしくないほど儚い『夢』でしかないことも。
 それでも、ここまで惨い終わり方だなんて誰が思っただろう。
 笑って別れられるのだと、綺麗に幕引きできるはずだと、そう思っていた。私にはそのための力が授けられているはずなのだと思っていた。なのに……。
 ――私は、また失うんだ。
 望みもしない実感が、胸を貫く。
 ――今度こそ守ると誓ったのに。
 為す術もなく、ただ己の無力さを呪うことしかできずに。
 彼の瞳がゆっくりと閉じ、全身から完全に力が抜け落ちた。微かに残る体温がなおさら悔しさを募らせる。
 声の限りに彼の名を叫んだ。
 声にならない祈りを、願いを込めて。
 奇跡が起きるなら、今この時でなくていつなのだと。その奇跡を起こせるのならば、自分は悪女どころか魔女と呼ばれたって構わないと。
 そうして、思い知る。
 奇跡など起こせない。起こせるはずがない。
 私は――『聖女』を演じさせられていただけに過ぎないのだから。
 何が『アマビト』だ。何が『天の御使い』だ。
 私はどれだけ足掻こうと、どれだけ上手く演じようとも、『ただの人』でしかなかった。
 絶望の光に包まれながら、力ない呟きが零れた。

「全部、夢ならよかったのに……」


 ――そして私は、目覚める度に頬を濡らす。