風にゆれる かなしの花

第二幕 きみに捧ぐ かなしの花 [10]

 大聖堂の鐘の音が、高く澄んだ青空に響き渡る。重なるように城下にあるこの小さな聖堂の鐘も鳴らされ、控えの間に置かれた椅子から立ち上がった。
「そろそろ行こうか」
「はい」
 手を差し伸べると、愛しい人がはにかんだように微笑み、そっと手を重ねる。剣だこのできた、お世辞にも女性らしいとは言えないその手。けれど、そこには誰よりも彼女を彼女たらしめている力が宿っている。そう思うと愛おしさが増して、ついそのまま指先に口づけを落とす。
 そして、俺が愛情を示す度に、彼女は恥じらい頬を染めるのだ。もう互いの想いを確認し合ってから二年もの歳月が経っているというのに。
 いつまでも初々しさを失わない婚約者は、今日ようやく俺の妻となる。
 純白のドレスを纏い、髪を綺麗に結われ、化粧を施された彼女は、いつも以上に美しい。
「誰にも見せたくないな」
「見せられないような花嫁ですか?」
 少し自嘲混じりの笑みを彼女が見せた。そんなはずがないとわかっているくせに。昔の、彼女に片想いしていた頃の自分なら、慌てて取り繕うように否定していただろう。さすがにこの程度の意地悪では動じなくなった。
「まさか。けれど、だからこそ独り占めしていたい」
「あら、私は見せびらかしたいですよ。私の夫はこんなにも素敵なんですって」
 ころりと表情を変え、くすくすと無邪気に笑う姿に自然と頬が緩む。
 自然と向けられる褒め言葉はくすぐったいが、こうやって常から彼女が言葉にしてくれたことで、俺は自分に自信を持てるようになった。今では彼女に相応しくないなどと卑屈になることもない。彼女が一番美しく笑ってくれるのは、自分を想ってくれているときなのだと、傍にいてわかりすぎるくらいにわからせてくれたのだから。
 極上の幸せに包まれながら、式の行われる祭室へと向かおうと彼女を促しかけ、しかし一つ忘れていることに気づいた。
「レオン?」
「少しだけ待ってくれ」
 首を傾げる彼女の手を一旦離し、こっそりと部屋の隅に潜ませていたものを取り出す。後ろ手に隠しながら彼女の元へと戻ると、それを彼女の髪に挿した。
「え、何?」
「うん、思った通りよく似合うな」
 彼女が部屋の奥に置かれた鏡へと振り返り、自分の髪に挿されたものを確認する。
「アネモネ? ……赤じゃなくて?」
「ああ。君の髪には白の方が映えるだろう?」
「そうですけど……」
 今までに何度も贈ったことのある赤いアネモネ。その花言葉は、『君を愛す』だ。
 彼女に花を堂々と贈れるようになって以来、俺は他の花言葉についても調べるようになった。そして、今日のこの特別な日には白いアネモネを彼女に添えたいとずっと思っていたのだ。
「白いアネモネの花言葉は知っているか?」
「えっと……確か『希望』、とかじゃなかった?」
 自信なさげ答える彼女に、安心させるように頷いてもう一度手を取る。
「そうだな。それも含めて三つある」
「なら、あとの二つは?」
「『真実』と『期待』」
「『希望』と『真実』と『期待』?」
 あまりぴんとこないらしく、彼女は正解を見つけようと考え込んでしまった。
 必死で思考を巡らせるその表情が可愛くて、ついつい答えを焦らしてしまう。自ずと零れてしまった笑みに、彼女が気づいて睨みつけられた。そんな拗ねた態度すら可愛いのだから困ったものだ。
「笑ってないでどういう意味か教えてください」
 わかったよと膨れる頬にキスをする。途端に赤くなって目線を逸らす彼女の髪を撫で、答え合わせを始めた。
「君は、俺にとって何よりの『希望』で、君への想いが俺の中では揺るぎない『真実』だから。君を愛していることはもう充分に伝わっていると思うしね」
 伝わっているからと言って、もう伝えなくなるわけではない。これからも何度でも伝えるだろう。けれどいつしか『君を愛す』という花言葉に、一方的な想いの強さを――悪く言えば、独りよがりに気持ちを押し付けている自分の身勝手さを感じるようになっていた。だから、赤いアネモネもいいけれど、彼女の清らかさを表すような白いアネモネを贈りたくなったのだ。
「『期待』は、ないんですか?」
「え?」
「私に、『期待』はしてくれないんですか?」
 どこか残念そうな声音に、堪らず彼女を抱き締める。こんなに可愛いことを何の計算もなしに言えてしまえる無自覚さが憎らしい。
「『期待』なら、ずっとしている。そして、ずっと応えてくれている」
「……なら、いいです」
「とりあえず、今一番期待しているのは今夜だな」
「今夜? ……レ、レオンっ!」
 きょとんとして少し考えてから、彼女は真っ赤になって体を離そうと腕を突っ張る。その可愛い反応に満足して素直に解放し、改めて彼女に手を差し伸べた。祭室には親族や列席者が今か今かと待っているはず。つい話し込んでしまい、少し時間をとりすぎてしまったようだ。
「セラフィーナ、行こう」
「ちょっと待ってください」
 今度は俺の方が待ったをかけられる。彼女は一旦部屋の奥に戻ると、鏡の後ろに手を差し入れた。
 そこから出てきたのは、何と赤いアネモネだ。いつも俺が贈っていたのと同じ花を手にした彼女は、恥ずかしそうに目の前に戻ってくる。
「まさか、レオンも似たようなこと考えているなんて思ってなかったんですけど」
 ぼそぼそと呟きながら、俺の胸元にそれを挿す。
「いつも、私が贈られてばかりだったので今日くらいは私から贈りたくて……。そ、それに、白騎士団の礼装ならアネモネの赤も映えるでしょう?」
 後半は少し言い訳するように早口になる彼女に、満たされるのを通り越し、溢れ返って溺れてしまいそうだ。
 そして、微かに抱いていた赤いアネモネの花言葉に対する意識を改める。
 一方的でも独りよがりでもない。彼女からも、同じくらい強い想いが返されていたのだから。
「セラフィーナには、いつまで経っても敵わないな」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
 はにかんだ笑みで、彼女は今度こそ差し出した手を取る。視線を合わせ、控室のドアをゆっくりと開いた。

 新たな一歩を二人並んで踏み出す。
 深い愛情を示す赤い花を自らの胸に。
 希望と真実と期待を示す白い花を花嫁の髪に飾って。

 そして俺は、これからも君にこの(かな)しの花を捧げ続けよう。
風にゆれる かなしの花 [了] Conclusion:2017.06.25
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