風にゆれる かなしの花

第一幕 風にゆれる かなしの花 [04]

 白騎士団に配属されてはや一月。
 レオンさんの一挙一動に戸惑わされながらも、私は毎日平穏に過ごしていた。白騎士団の同期や先輩方とも特に揉めることはなかったし、思っていたほど女だからと侮られることもなかった。
 むしろ、どちらかといえば可愛がられている気がする。アル曰く、入団当初はレオンさんに対してピリピリしていたのが今では友好的な関係に変わっているのを周りも感じているかららしい。
 そんなに表に出ていたのかと改めて反省するところだけれど、そんな私が馴染めているのはひとえにレオンさんの人徳のお陰だろう。
 可愛げのない私が言うのもなんだが、レオンさんはあまり表情豊かな方ではないし、人付き合いが上手いというわけでもない。なのに、彼の同期はもちろん、先輩からも可愛がられているし、後輩にも慕われている。その恩恵を私も受けているのだ。
 そんな風につつがなく過ごしていたある日、珍しくジェラルド様が白騎士団の一部を率いて城外視察に出ることとなった。
 城外視察自体は月に一度は必ずあるのだが、今回はその定期視察とは違うらしい。
 私やレオンさんもその視察部隊に組みこまれ、西方にある古い遺跡に向かった。
 その移動中に聞いた話によると、どうやら聖帝陛下直々のご命令らしい。その所為か、ジェラルド様はいつになく神妙な表情をされていた。
「視察って言っても、こんな寂れた遺跡には野盗すら来ない気がしますけど」
 ふと浮かんだ疑問の内容が若干愚痴っぽいと感じ、少し声を抑えて呟く。
 二列に並んだ隊列の中央やや後方に私たちの所属する班は配置されていた。もちろん、指導係のレオンさんは私のすぐ隣の馬上だ。だからこの声も、せいぜいレオンさんに聞こえるか聞こえないかくらいだった。
「そう言うな。確かに人が近寄らない場所ではあるが、だからこそ良からぬことを考える輩が身を潜めやすいとも考えられるだろう」
 何とも優等生的な返事をするレオンさんに、表面的には納得した返事を返す。
 レオンさんの言葉はもっともなのだが、それだけではわざわざ騎士団長自ら出向く必要性はない。定期視察のように数人の部下で行けば済む話のはずだ。
 この遺跡は、もともと大昔の聖女信仰に縁があるものらしい。ベルティリア帝国の国教ではすでに聖女信仰自体が廃れてしまっているが、歴史的価値があるとかいう理由でこの遺跡は残されている。
 とはいえそれは建前みたいなものだ。実際のところは、この規模だと解体するにもそれなりの時間と経費がかかるため放置して自然に朽ちていくのを待っているといったところだろう。
 それなのにどうして陛下直々にジェラルド様に視察などを命じられるのか。
 納得できるような理由に思い当たらずにいると、遺跡の残骸である石柱の陰から、ふらりと人影がよろめき出てくるのが見えた。髪が長い。遠目だが、体型から推察するに女性だ。
 その人物は少し歩くとそのまま力なく地面にしゃがみこんでしまった。
「レオンさん、あそこに人が……」
「人?」
「若い女性のようです」
 馬を止めた私たちに、後に続いていた他の騎士たちもどうしたのかと窺うようにそこに留まる。
「小隊長」
 レオンさんが指示を仰ぐと、私たちの所属する小隊の長であるデールさんはゆっくりと頷き、副長であるウォルターさんに目を向けた。
「ウォル、ジェラルド様に伝令を。あまり大勢で行っては怯えさせるかもしれない。レオン、セラ、ついて来い。他のものはここで待機していてくれ」
「わかりました」
「了解です」
 恐らく、先ほど倒れ込んだ人物が若い女性だったからだろう。如何にも強面や精悍そうな面々でなく、私やレオンさんが選ばれたのは。デールさん自身も言い方は悪いが優男といった風貌なので、女性から怖がられるようなタイプではない。その辺の自覚があるのがちょっと引っかからないでもないけれど、小隊を率いる長としての素質は充分ある方だ。
 警戒しながらもその人物にゆっくりと歩み寄るにつれ、外見がはっきりしてくる。私やレオンさんよりは年上のようだ。あまり見ない形のグレーの上着。同色のスカートは膝丈のタイトなもので、やはり我が国では見たことがない。国境から近いとは言えないけれど、異国の者の可能性も高かった。
 女性が私たちに気づき、驚いてその場で身を竦ませる。明らかな怯えが見えたため、安心させるように小隊長は柔和な笑みを作った。
「怖がらないでください。俺たちはベルティリアの騎士団のものです」
「騎士、団……?」
「はい。貴女は、何故このようなところに? どこからいらしたのですか?」
 警戒を怠らないまま小隊長は質問を重ねる。それをすぐ側で見守りながら私も彼女の様子を観察した。
 この国ではほとんど見られない真っ黒な髪と瞳。その深淵のような色はとても神秘的だ。その上、整った目鼻立ちと楚々とした雰囲気。華奢な体は簡単に折れてしまいそうで、自然と庇護欲をそそられる。同じ女でもこんなにも違うのかと、少しばかり不公平さを感じてしまった。
「黒髪なんて珍しいですね」
 自分の中にある醜い嫉妬心を誤魔化すように、隣にいるレオンさんに小声で話しかける。
 けれど、いつもなら素っ気なくても返ってくるはずの答えがない。
「レオンさん?」
 訝しむように長身を見上げると、レオンさんの視線は黒髪の彼女に釘付けになっていた。
 私を初めて騎士団で見たときと同じ――いや、それ以上に驚愕に彩られた表情で。
 どくんと、心臓が大きく鳴る。
 魅入られたように彼女を見つめ続ける彼に、胸の奥がもやもやとしたものに覆われていくのがわかった。得体の知れない不安に襲われ、思わず隣に並んだレオンさんの腕にそっと手を伸ばす。
「レオンさん? どうしたんですか?」
 私の声と手に、レオンさんが我に返り「すまない」と謝る。けれど、相変わらず視線は私には向かず、目の前の黒髪の女性だけを見つめていた。
「貴女の名前は?」
「……カノン、です。あの……ここは、どこですか?」
 消えてしまいそうなほどか細い、けれどとても澄んだ綺麗な声。途方に暮れ、縋るような視線は、きっとどんな男であろうとも守ってあげたいと思うだろう。
 そう、どんな堅物の男だって。
「デール、待たせたな。……彼女、が……?」
 伝令を受けて馬を急がせてきたであろうジェラルド様が、焦るように近づいてきた。そして、カノンと名乗った彼女の姿を認めると、一瞬驚いたように目を見開く。けれどすぐにその目の前に跪き、恭しく頭を下げると信じられない言葉を口にした。
「お迎えに上がりました。天の御使い様」

 天の御使い。
 多くは戦乱の世に現れ、国を平和な道へと導くために天から遣わされた者。『アマビト』とも呼ばれ、多くの奇跡を生むことができるそうだ。
 建国の祖であるベルツ・ティファレトの元にも訪れ、彼を勝利に導いたとも言われている。
 あの遺跡で助けたカノンという黒髪の女性は、まさにその御使いなのだとジェラルド様は説明された。
 どうしてそんなことをジェラルド様が知っているのかはわからないけれど、あの視察は彼女を探し出し連れ帰ることが目的だったと考えれば納得がいく。
 何らかの方法で陛下は天の御使いが現れることを知り、最も信頼できる臣下の一人であるジェラルド様に頼んだのだろう。
 視察を終えると、ジェラルド様はカノン様を連れて陛下の元へと向かったらしい。
 翌日にはカノン様は後宮の離れで暮らすこととなり、何故かその警護の役目が近衛騎士団ではなく我が白騎士団に回ってきた。ジェラルド様曰く、近衛は手が空いていないとのことらしいが、何となく他に理由がありそうな気がしてならない。
 とはいえ、命じられたら従うしかない身だ。
 女性騎士などほとんどいないこともあり、私は必然的にカノン様の護衛役の一人に任じられてしまった。そうなると私の指導係であるレオンさんも必然的に一緒に護衛をすることになる。
 私とレオンさん、そしてどういう人選なのかアルとクラウス様の四人が主な護衛役に任じられ、毎日カノン様のおられる離れに通うこととなった。
 カノン様はとてもお優しい方で、私を随分と気に入ってくださったようだった。聞くところによると、妹さんがいるらしく私と少し似ているらしい。気取らず気さくで、私としても姉がいたらこんな感じなのかもしれないとつい思ってしまうほどだ。
 けれど同時に、そのカノン様の人柄が余計に私のコンプレックスを刺激する。私はカノン様のように優しくはなれない。気さくで誰とでもすぐに打ち解けられるような性格でもない。
 騎士として剣の道に生きると決めて、その通りに歩んできたけれど、こんなにも理想的な女性を目の前にすると羨望せずにはいられなかった。
「カノン様、聖帝陛下と聖妃陛下がお呼びでございます」
「わかりました。すぐに参ります。レオン、セラ、ついてきていただけますか?」
「もちろんです」
 陛下からの呼び出しを伝えに来た近衛騎士に返事をし、カノン様はすぐさま身だしなみを確認する。そんなカノン様を先導するようにレオンさんは先に立ってドアを開けた。
 ごく自然なエスコート。女性の扱いがわからないなどと言っていた人とはとても思えない。
 カノン様の背後を守るために後ろをついて歩きながら、私はここ最近のレオンさんの様子に心の奥に蟠るものを感じていた。
 カノン様に対するレオンさんの態度は、傍から見ていてもはっきりとわかるくらいに特別だった。もともと優しい人ではあるけれど、カノン様のことは真綿に包むかのように全身全霊をかけて守ろうとしている。
 当然だ。カノン様は騎士じゃない。それどころか身を守る術など欠片も持ち合わせていない。しかも、二人といない天の御使いなのだ。丁重に扱うのも当然だし、私もそのように扱っている。
 なのに、自分と同じことをレオンさんがするとひどく不愉快な気分になった。滅多に見せない照れたような表情や喜びに満ちた顔を見せられるたびに気持ちが沈んでいく。
 わかっている。これは嫉妬だ。
 誰にも見せない微笑みをカノン様にだけは見せることが悔しいのだ。
 ――でも、レオンさんがいくらカノン様を好きになっても、彼女は天の御使いだ。
 不意に頭に浮かんだ考えに、愕然とする。
 今思ったことは、事実に違いない。天の御使いは役目を果たせば必ず天へと帰っていく。例外は一つもない。
 それは確かだけれど、それを思った私の感情の中に明らかな安堵があった。生々しく厭らしい、目を覆いたくなるような自分本位の醜い感情。
 騎士団に配属された頃は、レオンさんに好きな人ができればいいと思っていた。そうすれば婚約は白紙に戻るし、そうならなくてもどうにか嫌われて向こうから婚約を破棄させる方向に仕向けようとまでしていた。
 なのに、今はレオンさんの視線が自分に向けられないことに焦燥を覚え、愁いさえ感じている。それほどに、私の気持ちは彼に傾いていた。
「元気がないな」
「え?」
 気づけばとっくにカノン様は聖帝聖妃両陛下の待つ応接室へと入室していた。廊下に残された私たちは、ドアの側で話が終わるまで待機することになっている。
 隣に並んだレオンさんが、案じるように窺っていた。
「そんなこと、ないですよ」
 つまらない嫉妬など知られたくなくて、何とか笑顔を貼りつける。カノン様に対して程ではないけれど、相変わらずレオンさんは私にも優しかった。
 けれど今は、その優しさがかえって苦々しい。
 レオンさんの私に対する優しさは、婚約者である義務感と、彼の父の親友であり尊敬する青騎士団長メレディス・エスクァーヴの娘だからという義理から生まれたものだ。私がエスクァーヴの娘でも婚約者でもなければ、きっとこんな風には扱ってもらえなかった。
「……まだ慣れないことの方が多いだろう。あまり無理はするな」
「無理なんてしていませんよ」
 それは本心だ。確かにカノン様の護衛というのは気を遣うけれど、基本的に宮城内の奥にあるかなり安全な場所での任務だ。無理を重ねるほどの過酷なものではない。仕事の上では何一つ無理なんてしていなかった。
 そう、仕事の上では、だ。
「君は――」
「セラ」
 レオンさんが何か言いかけた瞬間、廊下の向こうから現れたアルが私の名を呼ぶ。本音を言うと最近はレオンさんと二人になるのはできるだけ避けたかったから、アルの存在にわずかだけれど確かな安堵を覚えた。
「ジェラルド様が話があるらしい。代わるから行ってこい」
「わかりました。ジェラルド様は執務室ですか?」
 アルに対して敬語というのはいまだに気持ち悪くて仕方がないが、立場上は先輩なので我慢せざるを得ない。
 それはアルも同じらしく、初めは人のいないところで散々馬鹿にされ笑われたものだ。
 それでも表向きはちゃんと合わせてくれているのは助かる。今も普段の馴れ馴れしさはなりを潜めて、それなりに先輩らしく首肯した。
 私に用ということは、恐らくカノン様絡みのことだろう。それ以外で呼ばれるとしたら……レオンさんのこと、だろうか? しかし、ジェラルド様は公私混同をされるような方ではないし、もし何かあるなら仕事以外の時間にされるはずだ。
 自分の立ち位置をアルに譲り、レオンさんに振り向く。
「申し訳ありません。あとはよろしくお願いします」
「おい、セラ。そこはレオンじゃなくて俺に言うところだろう」
「……レオンさんの方が頼りになるので当然だと思いますが?」
 そもそも、こんな女好きをカノン様の側に置いていていいのだろうかと心配なくらいだ。そんな悪態をつきたくなったが、他人の目もあるのでせいぜいこのくらいの嫌味しか言えない。
 しかし、そんな私の言葉にアルが揶揄するように左の口角を引き上げた。またあの表情だ。
 これ以上この場にいると余計なことを言われるだろうと思い、レオンさんに一礼してから足早にジェラルド様の執務室へと向かった。

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