風にゆれる かなしの花

第一幕 風にゆれる かなしの花 [02]

 アルと実家で手合わせをした翌日、私は下っ端騎士団員が入舎を義務付けられている寄宿舎へと引っ越した。引っ越したと言っても、寄宿舎は士官学校のすぐ近くにあり、士官学校の寮も同じ敷地内にある。卒業が確定するのと同時に騎士団への入団も決まり部屋も割り当てられるので、荷物の搬入出は何の苦も無く終えていた。
 部屋に入り小さなクローゼットに上着を入れようとして気づく。白地に赤いラインの入った白騎士団の制服一式が既に支給されていたのだ。
 軽く髪をまとめ上げると、試しに儀礼用の白いフロックコートに袖を通してみる。
 さすがに生地も仕立てもよく、見た目の印象よりもずっと動きやすかった。
「……ま、私のこの髪の色なら、この制服が一番似合うんだろうけどね。それが唯一の救いかな」
 コンプレックスだった緋色の髪はこの白い制服によく映える。なかなか悪くはないと自画自賛したい気分になった。
 
 けれど、そんないい気分も長く続きはしなかった。
 翌日、騎士団員としての初めて登城。新人騎士である私は他の新人騎士たちと早朝から修練場の清掃を終え、その後の残った時間で鍛錬に励んでいた。
 同期卒業の白騎士団員を軽くいなして手合わせを終了し、その場を次の人に譲ろうと修練場の端に移動する。その途中で、自分の姿を見て固まっている長身の男性に気づいた。レオン様だ。いつの間にか、先輩騎士たちが修練場に集まってきていたらしい。
 「どうしてこんなところにおまえがいるんだ」とでも思っているのだろうか。レオン様の視線は驚きに彩られたまま、一瞬も私から離れることがなかった。その不躾とも言える凝視が不快に思え、思わず氷点下の口調で声を掛ける。
「何か?」
「あ、いや……。君がセラ・アステートだな? 私は君の指導係になったレオン・アクアスだ」
 我に返ったレオン様は他人行儀な――と言っても本当に他人だしほぼ初対面だけど――挨拶を寄越した。私が素性を隠していることを一応考慮してくれたのだろう。
 それにしても、間近で見ると本当に嫌になるくらいの美形だ。切れ長の目はしっかりくっきり二重瞼で睫毛も長い。ダークブラウンの髪はさらさらつやつやだし、瞳は蕩けるような翡翠の色。鼻筋は通っていて口元はきりっと引き締まり、全てのパーツが完璧な位置に配置されている。きっと女装させたらさぞかし美人になるだろう。目の前に立っているだけで惨めになった。
 もし本当に彼との婚約関係が継続し、結婚にまで至ってしまったら、毎日こんな気持ちを味わわなければならないのだろうか。できればそんなことは勘弁願いたい。
「そうですか。よろしくお願いいたします」
 しかし、いくら不満があるとはいえ、ここで冷やかすぎる態度を取るわけにもいかない。何とか笑みらしきものを作り、後輩らしく頭を下げた。
「士官学校を首席で卒業したと聞いたが噂以上の腕前だな」
 首席の話はわざわざジェラルド様が伝えたのだろうか。それとも、親馬鹿な父が顔をデレッデレに緩ませながら自慢したのだろうか。
 どちらにしろ、面白くはない。
「レオン様に言われるとお世辞にしか聞こえませんが」
「え?」
「昨年の首席卒業は貴方じゃないですか。しかも歴代で類を見ないほどの好成績だったと窺っておりますが」
 わずかな嫌味を隠し味にした言葉に、これでもかというほどの作り笑顔を見せる。表面的な褒め言葉には、同様のもので返すのが私の流儀だった。
 けれど、そんな嫌味も全く通じていないのか、レオン様は戸惑ったように視線を泳がせた。
「どこで、そんなことを……」
「士官学校に在籍していたら嫌でも耳に入りますよ」
「そ、そうか」
 居心地悪そうにレオン様は視線を斜め下に落とす。その様子が私が思っていたものとは違って戸惑わずにはいられなかった。
 そこまで彼に詳しいわけじゃないから何とも言えないけれど、彼がこんな風に挙動不審になっているところなど初めて見る。
 が、すぐに思い直した。
 いるはずのない婚約者が、いきなり目の前に現れたのだ。しかも、私は社交の場に一切顔を出さないおかげで、根も葉もない噂ばかりが先行している。
 曰く、『エスクァーヴ家の深窓の令嬢は、母親に似た絶世の美少女である』だそうだ。
 いや、確かに母は美人である。娘の私が言うのもなんだけど、本当に絵本から抜け出してきたような可愛らしさと美しさを、二児の母となった今でも兼ね備えている。
 母も私と同じように剣を嗜んでいたし腕前もなかなかのものだったそうだけれど、その美しさから求婚する者が後を絶たなかったらしい。本当に私とは雲泥の差だ。
 レオン様が挙動不審なのは、きっと予想していた『エスクァーヴ家のご令嬢』とは大幅に違ったからだろう。
 きっと父のことだから、アクアス家に送った私の肖像画なんかもやたらと美化してまるで母の若い頃のように描かせたに決まっている。
 しかし、これはチャンスかもしれない。
 私は別にレオン様と結婚したいなどとは思っていないのだ。
 私の理想は飽くまでもジェラルド様のような強くて男らしくて懐の大きな男性である。いくら強くても自分よりも花が似合いそうな中性的美人ではないし、冷たい殿方は問題外だ。
 そして、大体の男性は華奢で守ってあげたくなるようなお嬢様を好むだろう。まかりまちがっても、同世代の男どもを蹴散らせるような可愛げのない女ではないはず。
 ならば、レオン様も今の私を見て勝手に幻滅している可能性が高い。
 好きな人ができたらなんて悠長なことを言うことなく、婚約を破棄してくれるかもしれなかった。
 そうと決まれば、ますます鍛錬を積み、士官学校時代に培った愛想のなさを発揮するのが一番だ。
 心の中で拳を突き上げ勝利宣言をあげたい気分になりながら、私は同期の男の一人を強引に捕まえ、もう一度手合わせに戻ったのだった。

 
 
 白騎士団に配属されて数日。私は表に出すことの叶わない鬱憤が溜まりに溜まっていた。
 その鬱憤をどうにか晴らしたくて、仕事を終えて寄宿舎に戻ろうとするアルをこっそり待ち伏せし、人気のない奥の庭の方へと引っ張り込んだ。
「え? なになに? 何なのセラ。こういうのはもっと色気のある女の子に誘われたいんだけど?」
「色気なくて悪かったわね! それより、ねえ! 何なのアレ!」
 コンプレックスをわざと刺激するジョークを呆気なく切り捨て、私は本題を突きつける。アルは目をぱちくりとさせて、不思議顔でこちらを見つめ返した。
「何なのって何だよ」
「レオン様に決まってんでしょ!」
「ああ、上手くやってるみたいじゃねぇか。あんな風な女の扱い、アイツにもできたんだなー」
 さらに神経を逆撫ですることを興味深そうに呟くアルを本気で殴りたくなった。が、どうせこの男には堪えないとわかっている。代わりにその胸ぐらを思い切り掴み上げた。
「できたんだなー、じゃないわよ! 何であんなに気を遣われてるわけ!? 所詮はお嬢様のお遊びとか思ってんじゃないでしょうね!? こっちはめちゃくちゃ努力して剣も弓も魔術もものにして首席まで取ったのよ!? 馬鹿にするのも大概にしてほしいわ!」
 一気にまくしたてる私に、アルは耳を押さえて顔を大仰に顰める。
 私の不機嫌の原因は、レオン様の私に対する態度の所為だった。
 配属初日、教えられる立場の私に、それはそれは丁寧にレオン様は仕事を説明してくださった。思ったよりも優しいんだなと思ったけれど、それは日が経つごとに不快感へと変わっていった。
 優しすぎるのだ。あの冷血と噂されるレオン様が。しかも、はっきりとではないけれど、ときおり口元が緩んでいるときがある。
 明らかに、私を見て笑っていた。
 いくら今年の首席卒業とはいえ、所詮女だと、所詮七光りで騎士団に入れただけだと馬鹿にされているようにしか思えなかった。
「俺にキレるなよ。てか、レオンだってエスクァーヴ家の令嬢をそう雑には扱えねぇに決まってんだろ。アイツ、前にメレディス様のことを尊敬してるとか言ってたし」
「家は関係ないでしょ!? 何の為に私が偽名使ってまで士官学校に入ったと思ってんのよ! エスクァーヴの名前の所為で正当に評価されないのが嫌だったからだってアルも知ってるでしょ!?」
「そこまでレオンが知ってるわけじゃないだろうが。それに、知っちまってるもんは仕方ねぇだろ?」
 仕方がないと言われるのもわかる。いくら素性を隠していたとしても、まったく知らない振りでいろというのはなかなかに難しいものだ。
 けれど、それでもやはり『騎士』として扱ってもらえないのは悔しい。そして、そんな扱いをされるくらいレオン様の技量が私よりも上だとわかってしまうのが腹立たしくて仕方がない。
 私が彼よりも強ければ、こんなお嬢様扱いは辞めてもらえるのだろうか? けれど、残念ながらまだまだ到底及びそうにないこともわかっていた。
 レオン様達の年はいわゆる『当たり年』と言われている。レオン様だけでなく、才能豊かな人材が揃って騎士団に入団したからだ。アルだってこう見えてオールマイティーに何でもこなせるし、かなりの腕前を持っている。
 逆に私たちの年は『はずれ年』だと昨年から言われていた。目立った人材もなく、何より首席がずっと私だったからだ。女が首席など、はずれ以外の何ものでもないと言われていた。
 当然、当たり年とはずれ年なら、同じ首席でもその実力に大きな差があるのは火を見るよりも明らかだった。
「……ジェラルド様もどうして私にレオン様をつけたのかしら」
「そりゃあ、婚約者同士仲良くしてほしいからじゃねぇのか?」
 どうにかしてほしい気持ちが尊敬するジェラルド様に対する愚痴になってしまう。けれど、そこでアルからとどめのような言葉を返され、思わず脱力して胸ぐらを掴んでいた手がほどけた。代わりに頭を抱えてその場に蹲る。
「そうよねー! そうでしょうとも! お父様もジェラルド様も、婚約には乗り気ですもんね! あーあ、レオン様に好きな人でもできないかしら! そうしたらこんな腹立たしい思いしなくて済むのに!」
 ジェラルド様も父も、そして母までもが私たちの婚約に意欲的なのだ。一応、どちらかに想う相手ができたらなんて口では言っているけれど、本音としてはそのまま結婚してほしいと思っていることも知っている。
 だから、私の白騎士団配属も、レオン様が私の指導係についたことも、あわよくば……ということだろうと踏んでいた。
「おまえね……。冷血そうで嫌だとか言ってたくせに、優しくされたら馬鹿にされてるみたいで嫌とか我儘すぎるだろ」
「優しくされるのが嫌なんじゃないの! 騎士として侮られてるのが嫌なだけ!」
「めんどくせぇ奴だな。婚約破棄したいなら、おまえの方が好きな人できたってメレディス様に言えばいいんじゃないのか?」
 至極真っ当な意見を言うアルに思わず黙り込む。私だってその方法を考えなかったわけではないのだ。だが、それを実行に移すだけの行動力はなかった。
「……それはそれで相当面倒くさいことになるってわかってる? お父様もレイも」
 蹲ったまま下から睨みつけるようにアルを窺う。私の表情と沈み切った声音に、アルはすぐさま考えを改めたようだった。
「あー……だな。ないな」
 父も兄も、徹底的に私に甘い。というか、溺愛と言っていいだろう。剣術を学ばせたくせに士官学校に入り騎士を目指すことは反対されたし、それと同時に社交界デビューすることも許さなかった。
 普通の親なら、少しでもいい家柄のご子息と出会えるように社交場にはどんどん出ていけと言うだろう。それを推奨しなかったのは、「レオンという婚約者がいるのに余計な虫がついたら困る」というものだった。そもそも、母のような美人ならともかく、私ごときにそんな虫がつくはずがないのに、馬鹿げた心配だ。
 ともあれ、何とか父を説得し士官学校に入学したが、学生の間はずっと父と兄のチェックが厳しかった。当初は気づいていなかったけれど、青騎士団の部下の娘さんを私と同じ年に入学させて私の身辺調査をさせていたらしいし、アルだって私に近づく男はこっそりと排除しろと命令されていたらしい。
 そこまでしてきた父と兄に好きな人ができたなどと言えば、すぐさまその男をここに呼べとか、どんな家柄でどんな性格なのかとか、根掘り葉掘り訊問されるに決まっている。その追及は留まるところを知らず、誤魔化しきれないのは明白だった。 
「でしょ? もしそうするなら、綿密に打ち合わせをした偽者の恋人でも作らないと上手くいきっこないんだから」
「やめとけ。偽者の命が危なくなるから」
「……いっそ、アルを恋人に仕立てようかしら」
 いもしない偽者の恋人を心底心配するアルの姿に、少しだけ悪戯心を起こしてそう呟く。が、その瞬間、アルの表情がわざとらしいくらいに引き攣った。
「全力で拒否する! 俺はまだ死にたくない!」
「大丈夫よ。お父様はアルのことを買ってるんだから、半殺しくらいで終わると思うわ」
「メレディス様が生かしてくれても、レイにとどめ刺されるからやめてくれ!」
 悲痛な声を上げるアルに、それまで鬱屈としていた気分が少しだけ晴れる。
 何だかんだとこうやって話を聞いてくれるアルはいい男だと思うのだ。もちろん、恋愛対象として見ることまったくないけれど、この幼なじみと過ごす時間は私にとってはかけがえのない癒しの時間だった。

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