風にゆれる かなしの花

第一幕 風にゆれる かなしの花 [10]

 全ての誤解が解けた後、今まで蟠っていたものを全て押し流すような勢いで互いのことを話し合った。
 その中でも私が一番知りたかったことはやはりカノン様のことで、どうして彼があれほど彼女を大切に扱っていたのかを訊かずにはいられなかった。それでもなかなか切り出せなくて、かなり色んなことを話した後にようやく思い切ることができた。
 理由は思っていたよりもずっと単純だった。
 カノン様は、亡くなられたジェラルド様の奥様、彼の母親であるラティ様の若い頃にそっくりらしい。その所為なのか、ジェラルド様はカノン様をひどく気にかけていて、自分が傍にいられない分を息子に期待したのだそうだ。
「そもそもカノン様は俺を完全に子ども扱いしていたぞ。ことあるごとに『セラに振り向いてほしければもっと押せ』だなんて仰っていたし」
 思い出して苦虫を噛み潰したような顔をする彼に、くすくすと笑いが零れる。
「あのカノン様が、そんなこと仰るんですね」
「ヘタレ、情けない、女々しい、セラの方が男前」
「何ですかそれ」
「カノン様に罵倒された言葉の一部だ。他にももっと酷いのがある」
 はぁと特大の溜息をつく彼は、私が思っていたよりもずっとカノン様に冷たい言葉を投げかけられていたようだ。聞いただけでもカノン様が彼を出来の悪い弟のように思っていたのだと今更ながらに理解した。
「自覚があるだけに、耳に痛かった」
「さすがにそこまで言われてしまうほどレオン様は酷くはないと思いますよ」
「セラフィーナ」
 突然、少し咎めるような色を含ませて本名を呼ばれる。可愛らしすぎて私には似合わないと嫌っていた名前だけれど、彼に呼ばれるのは思いの外心地よいのだと新しい発見をした。
「何ですか?」
「レオン『様』じゃない」
「あ……。ごめんなさい、レオン」
 まだ呼び慣れない呼び捨てに、気恥ずかしさの方が勝ってしまう。けれど、私がレオンと呼ぶと彼は本当に幸せそうに蕩けるような笑顔を浮かべるのだ。彼にそんな顔をさせているのが自分だと思うと、自然に私の頬まで緩んでしまう。
 肩を抱き寄せられ、頬に唇を寄せた後、はぁとレオンが大きな溜息をついた。
「頼むから、そんな顔を騎士団にいるときはしないでくれ。他の男になんて絶対に見せたくない」
「そんな顔って、普通に笑っただけですよ?」
「それが可愛いから困るんだ」
 そしてまた溜息をつくレオンを他の白騎士団員が見たらどう思うのだろう。きっとアルなら、いつものように左の口角を上げて、レオンを揶揄う発言を繰り返すに決まっている。
 彼の腕の中でそんなことを考えていると、不意に体が離れた。どうしたのかと見やると、レオンは首に掛けていたクワドラートを外している。そうして元々私のものだったチェーンをクワドラートごと私の首につけ直した。
「レオン」
「受け取ってくれるか?」
「……先に着けておいて言う言葉じゃないですよ、もう」
 完全に事後確認だと非難するけれど、当然嫌なわけがない。むしろ嬉しさしかないし、レオンもそれがわかっているのか、穏やかな笑みで私の髪を撫でる。
「着けてしまえば、君は断れないだろう?」
「貴方から贈られるものを断るわけがないじゃないですか」
「なら、今度からは安心してアネモネを渡せるな」
 嬉しそうな柔らかい笑みが浮かび、レオンの翡翠の瞳が近づいた。静かに瞳を閉じると、ふわりと羽根のように触れるだけの口づけが訪れる。

 窓の外、エスクァーヴ家の美しい庭には、私たちを祝福するようにいくつもの(かな)しの花が風に揺られていた。
風にゆれる かなしの花 [了]
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