風にゆれる かなしの花

第一幕 風にゆれる かなしの花 [01]

 目の前を、白刃が薙いでいく。地を蹴り後ろにかわした切っ先は、それでも私の前髪の毛先をわずかに刈り取っていた。と思ったのも束の間、今度は上段から重い一撃が振り下ろされる。咄嗟に鞘に収めたままだったもう一本を抜き取り、二本の剣で受け止めた。
 丁寧に手入れの行き届いた色とりどりの花が咲き乱れるエスクァーヴ家の庭園に、不似合いで耳障りな金属音が響く。受け止めた剣の重みに思わず顔を顰め、目の前の男を睨みつけた。
「か弱い女の子相手に、手加減なし?」
「か弱いオンナノコ? 誰の話してんだよ、士官学校の今季首席サマが!」
 ニヤリと揶揄するように二つ年上の幼なじみ――アルヴィンが笑う。腹立たしく弧を描くアメジストの瞳を打ち消すように体重のかかった長剣を跳ね上げると、アルは勢いに負けて体勢を崩した。わずかにできた隙を見逃さず、右手の剣を横一文字に振り抜く。が、それを後ろに跳んでアルはかわした。
 さすがと思うが、さらに追う足を速めて距離を一気に詰め、鳩尾に向かって膝蹴りを叩き込む。が、それは剣だこのできた無骨な掌に呆気なく遮られた。
「さすがにおまえの軽い体重じゃ打撃は効かないぞ、セラ」
「……軽いって言わないで。よそのお嬢様よりはよほど重いわよ」
 憮然と返して受け止められた脚を引き、二本の剣を鞘に収めた。アルも倣うように長剣をしまい、涼しい顔してすぐ傍の花壇の縁に腰掛ける。
「アル、気を付けてよ。そこ今朝新しい花の種植えたところらしいから」
「わーってるって」
 雑な性格のアルに前もって釘を刺し、私はすぐ傍で風に揺られているアネモネの花に視線を落とした。母が好きでこの庭にはいつも四季折々の花が溢れている。アネモネは中でも母のお気に入りだ。色鮮やかで可愛らしいところが好きなのだろう。
 けれど、私はあまり好きではない。
 如何にも年頃の女の子に似合いそうな花で。
 私には、絶対に似合わなさそうな花で。
  ――母なら、今でも充分似合うだろうけど。
 代々騎士の一族に生まれついた母は、それなりに剣の腕は立つが、見た目は今でも二十代に間違われそうなほど若々しく愛らしい。
 さらさらと艶やかな金髪にアクアマリンの瞳と、まるで絵に描いたようなお嬢様然とした容姿だ。
 それに引き換え、私は祖母譲りの緋色の髪とヘーゼルの瞳。同世代の女の子たちに比べると背も高く、筋肉もしっかりついている。男ほどムキムキではないけれど、華奢で思わず守ってあげたくなるようなタイプでは断じてない。
 そうなるように自ら鍛えてきた。そうありたいと思って生きてきた。
 それなのに先ほどアルの口にした言葉が気に障って仕方がなかった。

 ――男に生まれればよかったのに。

 何度願っただろうか。
 騎士の家系に生まれ、幼い頃から剣術や馬術を当たり前のように習ってきた。綺麗なドレスで着飾るよりも、剣を握っているほうが性に合っていたのだ。
 年頃になって同世代の女の子たちがみな社交界デビューをしていくのを横目にも見ず、私は騎士になるため士官学校へと入学した。
 純粋に力だけでは体格的に男に敵うはずがない。いくら私が長身でも、男から見れば小柄に見えるだろうし、筋肉の量も質も違う。
 その差を埋めるために、私は知識と技術、そして生まれつき素質のあるものしか習得できない魔術を磨いた。結果として、一年飛び級で、しかも主席という成績で卒業することができた。
 明後日からはいよいよ騎士団に所属することになっている。その事実が誇らしいと同時に、余計に自分が男だったらと憂鬱な気分にさせるのだ。
「おいおい。何そんな辛気臭い顔してるんだ? 明後日は待ちに待った騎士団の入団式だろ」
「……そうね」
 騎士団に入れることは素直に嬉しい。
 士官学校に入学しても、ろくに進級もできずに脱落していく者を何人も見た。入学したときには先輩だった人が、卒業するときには後輩になっていることだってざらだ。
 だからこそ、騎士団員になれることは本当に誇りだと思っているのだけど……。
「配属が、白騎士団じゃなかったら良かったんだけどな」
「何だよ。そんなに俺と一緒が嫌なのか?」
 にやけた顔で私の肩に腕を回すアル。その手の甲を抓って追い払うと、軽く溜息をついた。
「アルだけじゃないでしょ? 私が青騎士団だけは嫌だって言ったからって、ジェラルド様に頼むなんて……」
 ジェラルド様というのは、四方を守る騎士団のうちの一つの白騎士団の団長だ。そして青騎士団長である私の父・メレディスの士官学校時代からの友人である。
 根本的に軽い父と、いかにも生真面目なジェラルド様が仲がいいのも不思議な話だ。
 そんなことを考えている私にはお構いなしに、アルは仕方ないなといった感じで弁護を始めた。
「メレディス様の精一杯の譲歩だろ。黒騎士団なんて意地でも拒否するだろうし、赤騎士団長様はメレディス様のことを目の敵にしているからな。もしおまえがメレディス様の娘だとバレてみろ。どんな嫌がらせをされるかわかったもんじゃないぞ?」
 アルの言い分もよくわかってはいるのだ。
 黒騎士団は設立されてから年数も浅いし、何より獣人種であるラン族が多く所属している。黒騎士団の団長もラン族の長だ。黒騎士団長は穏やかな気性の方らしいが、その部下である他のラン族にはヒトを毛嫌いしている者もいると聞く。
 そして、赤騎士団の団長であるヒューイ様は父よりも十以上年上なのだが、若くして団長の座についた父とジェラルド様が気に入らないらしい。
 相手が年長者だということもあり、ジェラルド様は気を遣ってあちらを立てるように振る舞っているそうだが、父は面白がってわざと気に障るようなことをするときもあると兄であるレイフォードが楽しそうに語っていた。楽しそうにしている時点で、兄の性格もとてもよろしいとは思えないが、ともかく赤騎士団でも黒騎士団でも父や兄が心配するのは納得できるのだ。
 だが、私もいつまでも子供ではない。これからは一介の騎士として国のために働くことになる。私が本名を隠し『セラ・アステート』と名乗って士官学校に入学したのも「親の七光りを利用してお遊び気分のお嬢様が入学してきた」なんて好き勝手言われたくなかったからだ。
 それなのに、ここにきて親馬鹿を発揮し、父が誰よりも信頼しているジェラルド様の元に置かれた。これが甘やかされていると言わずして何と言えばいいのだろうか。いや、もう甘やかされているというよりも、侮られていると思って間違いない。
「だから、その辺はちゃんと上手くやるってば。士官学校でだって、四年間ずっとバレなかったの知ってるでしょ?」
「でも、おまえ嫌でも目立つからな。首席卒業なんだから」
「……首席卒業、ね。そんなの毎年一人は必ずいるものじゃない」
 実技や座学で順位をつけられるのだから、誰かは必ず首席になるのだ。学年によっては上位三人に食い込むことすら難しい年もあるだろう。そんなものくらいで目立つとは思えない。そう言い返せば、アルはまた苦笑を零す。
「女で首席卒業は初めてだと思うが?」
「同期の男どもが不甲斐なかっただけでしょ。アルと同期だったら首席なんかにはなれなかったわよ」
 自然と滲んだ嫌味に、アルは「なるほどね」と左側の口角だけを引き上げた。この表情をする時のアルは、決まって嫌なことしか言わない。
「何よ?」
「白騎士団には、ジェラルド様のご子息もいるもんなー。俺たちの代での首席様」
 予想通りの言葉に、我慢しようとしても眉間に皺が寄ってしまった。
 レオン・アクアス。ジェラルド様の一人息子で、私より一つ年上だ。アルの言う通り、去年士官学校を今までにない好成績で卒業したと話題になっていた。
「そんな嫌そうな顔すんなよ。悪い奴じゃないぞ? 堅物だし冗談通じないけど」
「あの人冷たそうだし、何か人を見下してそうで嫌」
 ぼそっと本音が漏れる。
 ジェラルド様は優しくておおらかな方で、私の中での理想の男性像だった。幼い頃には「大きくなったらジェラルド様のお嫁さんになりたい!」なんて言って、父に「そこはお父様じゃないのか!?」と嘆かせたくらいだ。
 その息子であるレオン様はジェラルド様以上の騎士になるだろう、次期騎士団長最有力候補と今から呼び声高い。
 けれど、士官学校で見かけた彼は、いつもつまらなさそうな無表情で、他人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。友人と呼べそうなのは彼の親類にあたるクラウス・セルシオールくらいだろう。実際、噂でも冷静を通り越して冷淡だとまで言われているような人物だった。
 見た目は皇家の血を引く母君に似ているらしく、中性的でその辺の美人と持て囃されているお嬢様よりもよっぽど綺麗な顔をしている。だがその所為で、余計に冷たい印象を周囲に与えていた。
「おまえね……。ジェラルド様の息子だぞ? あの方がそんな教育すると思うのか?」
「……思わないけど」
「けど、何だよ?」
 重ねて問われて思い出すのは、まだ私が五つか六つくらいだった頃の記憶。
 ジェラルド様の奥様であるラティ様――つまりはレオン様のお母様――の葬儀のときのことだ。
 悼むように霧雨が降り注ぐ中、ジェラルド様の隣に立つ綺麗な顔の少年は、どこまでも無表情でまったく感情が感じられなかった。
 たった一つしか歳が違わないはずなのに、とても母を亡くしたばかりの子どもには見えなかった。私ならきっと、悲しくて涙が止まらなくて、父や兄に縋りついて泣きじゃくっていたと思うのに。
 あの時の冷たい表情が忘れられないのだ。
 両親曰く、それ以前にも何度か会っているはずなのに、私の中の彼の記憶はそれが一番古い。そして、ラティ様が亡くなった後は直接彼に会う機会をことごとく避けてきた。あの冷たい瞳が怖かったのだ。
 そして、レオン様を避けたくなった理由はもう一つ。
「いくら親同士が決めたとはいえ、あんな冷血そうな人と結婚して夫婦としてやっていけると思ってる?」
 そう、私と彼とは婚約者同士なのだ。非常に残念ながら。
 私がまだ母のお腹にいた頃に父とジェラルド様で交わされた約束。それは生まれた子どもが娘だったなら、レオン様の結婚相手にしようというものだった。
 つまり、私はまだ生まれてもいないときから婚約者を決められていたのである。
 もっとも、父親たち二人はちゃんと本人の意思を尊重しようという気はあったらしく、どちらかに想う相手ができたならば婚約は白紙に戻していいというルールまで決めていた。勝手なんだか子供想いなんだかよくわからない。
「……まあ、アイツが女に優しくしてる姿は確かに想像できねぇな」
「でしょ? はぁー、気が重い。普通の態度取れるか自信ない……」
 自分で言うのも何だが、私は好き嫌いがはっきりしている方だ。そして好きでもない人間に優しくできるほどできた人間じゃない。
 それでもあからさまに冷たい態度を取るわけにはいかないこともわかっている。仮にも先輩だし、年長者だし、何より尊敬するジェラルド様の息子なのだから。
「そこまで悲観すんなよ。俺もいるんだし」
「アルがいても頼れるわけないでしょ。そういう迂闊なことしたらバレるリスクが高まるんだから」
 アルが気遣ってくれているのはわかるけれど、昔からの素直じゃない性格が邪魔をする。ついつい反抗的な態度を取ってしまうのは、気心の知れた幼なじみが相手だからというのもあるけれど。
「はいはい、そうですね。ったく……頑固者だな」
「煩い」
「そういう可愛げない態度とってたら、婚約者殿にも嫌われるぞー?」 
「煩いっ! 別に嫌われたって問題ないでしょ! 向こうから破棄してくれたら万々歳よ!」
 からかう声音に噛みつくように返し、私はアルに背を向けて屋敷に向かって歩き出す。
 その背後でアルがニヤニヤと顔を緩ませているだろうことは、振り返らなくてもわかってしまった。
 
 ――本当に、男ならよかったのに。

 そうすれば、こんなつまらないことで悩まなくて済んだのにと、心底そう思った。
 本当にそう思っていたのだ、この時は……。

▼栞を挟む

page top