Song for Snow

#3 Coral Dream

 リツとユキの関係について、ヨシノはつくづく不思議な二人だと思っていた。
 二人は幼なじみなのだと聞いている。保育園の年少組から中学一年生まで、ずっと同じクラスだったそうだ。
 もっとも、リツたちの地元はかなり田舎で、小学校には各学年一クラスしかなかったそうだから、そんなにすごいことでもないらしい。他にも同じような友人は何人かいるとのことだった。
 高校では同じ学校に通ってはいたのだが、クラスは離れ、疎遠になっていたらしい。
 だからあの日、偶然再会するまでは連絡も全く取っていなかった。
 それどころか、同じ土地の大学に通っていたことすら知らなかったそうなのだが――。
「もんのすっごい、ナチュラルなんですけど……」
 スタジオで、パイプ椅子に後ろ向きに跨って、誰に言うでもなくヨシノは呟いた。
 視線の先には、新しい曲について話し合うリツとユキの姿。二人はヨシノの呟きにも気づかず、熱心に話を続けている。
「ここ、少し歌いにくいんだけど、キー変えていい?」
「え? 変えるの? リツなら歌えると思ってそうしたのに」
「あのねぇ、ワタクシの楽器はナマモノよ? ユキのギターと一緒にしないでくれる?」
「あれ? そうだったっけ? てっきり、この辺にゼンマイが付いてるかと……」
「付いてるかいっ! って、もし付いてたら、オルゴールみたいに音外すことなくて便利かも」
「オルゴールってキャラじゃないでしょ」
「うるせぇっ!」
 どう見ても夫婦漫才だな、などと思いつつ、ヨシノは二人のやりとりを黙って見守った。
 そう。長い間離れていたわりに、再会した直後からこの二人はこんな風だったのだ。
 再会した瞬間には、ほんの少し張り詰めたような空気を漂わせていたのに、二人きりで何か話して戻ってきた時にはこうだった。
 まるで、離れていた間の時なんてなかったかのように。
(さて、いつものパターンなら、そろそろ漫才終了なんだよね)
 毎度見慣れた光景は、いつも決まって同じような展開で幕を閉じる。
 今日もその予想に違わぬ結末へと、確実に向かっているようだった。
「音階なぞる、綺麗なだけの歌なんかいらないよ。それじゃリツに歌ってもらってる意味がないでしょ?」
 ふわりと、ユキがリツに向かって極上の笑みを浮かべる。
 リツはそれに照れたように頬を掻いて、けれど嬉しそうに微笑う。
「ユッキーって、もっとクールビューティーだと思ってたのに、実は天然タラシだなー」
「あれは、アイツにだけだろ」
 いつの間に戻ってきたのか、シュウがヨシノの隣で呟いた。持っていた袋の中からコーヒーを一本取り出し、ヨシノに差し出す。
 今日はシュウがジャンケンに負けたので、コンビニまで使い走りにされていたのだ。
「さんきゅ。そだねぇ、リッちゃんにはベタ甘だもんねぇ。でも、付き合ってないんだよ、あの二人」
「らしいな」
 ヨシノの言葉をあっさりと肯定するシュウに、思わずその長身を振り仰いだ。シュウもその事実を知っているとは思わなかったのだ。
「ユッキーに訊いたの?」
「いや、リツオ。たまたま二人で話してたときにな。ヨシノはアイツにストレートに訊いたんだって?」
「だって、付き合ってるようにしか見えなかったんだもん。だから、『いつから付き合ってんの?』って……」
 ヨシノの問いに、リツは付き合ってなんかないと苦笑したのを思えている。そして、その後に付け加えた。
 「今は歌うことが一番好きだから」と。
 その答えに、ヨシノは唖然とさせられた。
 間違いなく、リツはユキを好きなはずだ。それは誰の目からも明らかなほど。
 けれど、それよりも歌うことの方が大切だと言い切ったのだ。
「ユキも似たようなことを言ってたよ。似た者同士なんだよな、あの二人」
「そっか。だったら、ほっといてもそのうちくっつくか」
「違いない。さて、おーい、律野夫妻ー!」
 シュウがからかうように笑って、話を終えたらしい二人に呼び掛けた。
「誰が夫妻だ、誰が!」
 怒ったように見せて、実は照れているだけのリツがひどく可愛らしい。
 そう思ったのはヨシノだけでなく、シュウも、そしてもちろんユキも、優しい眼差しで見つめていた。
「怒るなって。ほら、ミルクティー」
「あ、シュウ、ありがとなー」
 缶ジュース一つで簡単に懐柔されているリツに、シュウは単純だなと苦笑しつつ、ユキにも残りの一つを差し出した。
「どういたしまして。ユキはブラックで良かったよな?」
「サンキュー。ちょっと休んだら、さっきの続きしようか」
「リッちゃんもユッキーもそんなに休んでないじゃん。あと十分は休憩しようね」
 ユキもリツも妥協できない性格だから、練習が始まると根を詰め過ぎる傾向がある。こうやって、時々ブレーキをかけてやることが自分の役目だと、ヨシノは密かに思っていた。
 リツがヨシノに微笑みだけで返す。ユキも、自分たちへの気遣いに気づき、苦笑混じりにOKと呟く。
 ヨシノの想いは、確実に二人に届いて、返ってくる。
 リツとユキの笑顔に、ヨシノはしみじみと喜びを噛み締めた。
 それは、このバンドが今のメンバーになってから、何度目かもわからないくらいに感じる想い。
 リツもユキもシュウも、ずっと一緒にやっていきたいと、心の底から思える仲間だった。
 特にリツは。
 リツには、本当に救われている。
 自分自身がもっとも苦しんで、何もかも捨て去ろうとしたとき、それをとどめてくれたのがリツだった。
 リツがいなければ、今の自分はいなかったのだ。
 ヨシノはそっと、左手のブレスレットに右手を添える。
 リツが誕生日にくれた、レザーとシルバーで出来たそれに、感謝の想いと、これからの未来への願いを込めて――。