禍つ月映え 清明き日影

章之壱 清輝に惑う

肆 逆賊 [01]

 重厚な門構えの日本家屋を前にして、輝行は今、緊張の色を隠せずにいた。
 合宿も終わり、無事自宅へと戻った翌日のことである。約束通り、話を聞く為に六条院宗家へと招かれたのだが、基の運転で辿り着いたその場所が予想していた以上に立派過ぎた所為だった。
「なーに呆けてんだよ」
「あ、いえ。基先輩、こんな家に住んでるんですか?」
「んなわけないだろ。ここは宗家の別邸。普段は誰も住んでないし、オレはもっと大学に近いマンションに住んでるよ」
「そ、そうです、よね。ここだと学校まで遠いですもんね……」
 きっとそのマンションも、大学生にはそぐわないほど立派なんじゃないだろうかと、輝行はこっそりと溜め息をつく。世の中、あるところにはあるものだとつくづく実感しながら、先に立って歩く基に続いた。
 門をくぐると飛び石が並び、真っ白な玉砂利が敷き詰められていた。庭木は丁寧に手入れされているようで、普段人が住んでいないとは思えないほど整えられている。
 玄関の引き戸を開けると、そこには真っ白な着物と袴を纏った若い女性が待っていた。女性は基の姿を確認すると、深々と頭を下げる。
「お帰りなさいませ、基様」
「ただいま。みんなは?」
「もうお揃いでございます」
「そうか。ありがとう」
 まるでこの家の主であるかのように振る舞う基に、輝行はいまだに違和感を覚えずにはいられなかった。
 確かに、基は六条院宗家の人間で、この女性からみれば主の一人なのだろう。けれど輝行の知っている基は、足が速いことと容貌が整っていることを除けば、ごく普通の先輩だった。そう簡単にその印象は変えられない。
「騙されたって顔だな」
「え!? べ、別にそんなこと……」
 心の内を読んだような基の言葉に、輝行は慌てて否定を口にする。しかし、基はそんな輝行の様子を見て笑った。
「いや、いいんだよ。実際そうだし」
「基先輩」
「オレたちは、基本的に嘘つきだから」
 どこか自嘲的に呟く基に、輝行は言うべき言葉も見つけられないままに押し黙る。基もそれ以上は何も言わずに、皆が待つであろう奥の座敷へと向かった。
 見事な日本庭園を横目に濡れ縁を通り、目的の部屋へと辿り着く。障子越しには幾人かの人の気配を感じた。しかし真面目な話を聞きにきた割には、随分と楽しそうな雰囲気で、笑い声も聞こえる。そして時折、硬いものを台に置くような物音が混じっていた。
 基が声も掛けずに障子を開くと、
「基おかえりー! 横木君いらっしゃーい」
 真っ先にそう明るく答えたのは郁だった。だが、目の前に現れた光景に、輝行は一瞬来る場所を間違えたのではないかという思いに駆られた。
 十畳の日本間のやや上座中央に据えられた、正方形のローテーブル。それを囲んでいるのは、郁、茉莉、亨、どこかで見覚えのある和装の男性の四人だ。
 尚志が少し離れた場所で壁にもたれてそれを眺め、その隣には響と累、そして織月と帆香が並んで座っていた。
 それだけなら別に何も思わないのだが、中央のテーブルの四人組の手元には、白と茶色のツートンカラーをした四角い物体が幾つも並んでいる。
 そう。彼女たちは麻雀をしていたのだ。しかもその手つきは妙に慣れており、この場が初めてといった雰囲気ではない。
 麻雀と言えば男子大学生やサラリーマンのやるものというイメージを持っていた輝行にとっては異様な信じがたい光景だった。何より、如何にも清楚なお嬢様といった印象だった茉莉までが卓を囲んでいるのが衝撃的だ。
「ロン」
「ロンです」
 ほどよく空調の効いた室内に、郁と茉莉の声が同時に響く。それに対して、牌を切ったばかりの亨が引き攣った表情を露わにした。
「メンチン一通、親倍で二万四千な」
「私はタンピンイーペードラ二で満貫ですね」
 パタンと自分の目の前にある牌を倒し、郁と茉莉が順に点数申告をする。それを聞きながら、和装の男性がくすくすと柔らかな笑みを零した。
 その時になって、輝行はようやくその人物が合宿所のオーナーを務めていた人だと気付く。つまり、六条院家の宗主である六条院要その人だ。
「あー、やっぱりそれが当たりだったねー。危ない危ない」
「とーるちゃん、弱すぎるわー」
「弱くねぇっ! 姫さんたちのヒキが異常なだけだろ!」
「あら。ヒキだけでは麻雀はできませんわよ?」
 からかう郁に咬みつくように反論する亨。それに茉莉が口調だけはおっとりと皮肉った。
 その様子はひどく気安げで、今までにも何度かこういう場があったかのようだ。
「ま、ええやん。ちょうど横木君も来たし、とーるちゃんがトビラスで終わりー。清算はあとでな」
 郁はそう締めるとすくと立ち上がり、ヨイショと声を掛けて麻雀卓代わりのローテーブルを部屋の端へと寄せる。
「横木? どうした?」
「あ、いえ、ちょっとびっくりして……」
「ああ、女の子はあんまりやんないよな」
 そう笑いながら続ける基に、そういう問題でもない気はしたが輝行は曖昧に頷くしかなかった。
(宗家の人達って、ちょっと変わってんのか?)
 輝行の中にあった宗家の面々のイメージは厳格で古風な、そして神秘性も孕んだ如何にも昔からの名家といったものだった。
 しかし、今目の前にいる彼ら、彼女らは、予想外に俗っぽい。お陰で、必要以上に張っていた緊張の糸が途切れたのは確かだった。
「さてと、みんな揃ったようやし始めよか?」
 郁の声と同時に、壁際にいた織月達も座敷の中央へと寄ってくる。
 郁が最も上座に座り、その左隣に基、右隣には尚志、更にそのそれぞれの隣には要と茉莉が腰を下ろした。まるで最初からその席次が決まっているかのようだ。反対に累を代表とする常磐事務所の面々は、適当に半円になるように座っている。
 輝行は一瞬どこに座るべきか迷ったのだが、一番近くにいた亨の隣に腰を下ろした。
 全員が座る頃合いを見計らったかのように、失礼いたします、と濡れ縁から声がかかる。先ほど玄関で出迎えてくれた女性と、彼女と全く同じ衣装をまとった女性の二人が、お盆にお茶を載せて運んできた。
 それぞれにお茶の器が行き渡ると、二人の女性は恭しく頭を下げ、短い挨拶を残してからその場を去る。それを見届けると、郁はニッと笑みを浮かべ、輝行へと視線を投げかけた。
「まずは、何から訊きたい?」
「あ、えっと……」
 何からと問われても、輝行にはすぐには答えられない。あまりにも謎なことが多すぎて、どういう順序で訊けばいいのかがわからないのだ。
 輝行の戸惑いに気付いた郁は、優しく微笑むとその視線をぐるりとその場にいる全員に巡らせた。
「まず最初に言うとくわ。もうみんなも予想はついとるやろうけど、横木君を狙っとるんは、『嫦宮裂』」
 静かで穏やかな声音にも関わらず、ほんの一瞬でその場の空気が張り詰める。
 輝行だけが、聞き慣れない言葉に眉を顰めていた。けれども郁はそんな輝行に一瞥だけくれると、構わずに続けた。
「そして、横木君が狙われる理由は、彼自身の家筋の所為」
「家筋? オレの家系に、何か問題でもあるんですか?」
「問題と言うほどでもない、かな。もともと横木家は木へんに岡と書いて『(よこぎ)』と書く。そしてその棡家は、かつて『嫦宮裂』だった」
 累を除く、常磐事務所の面々の視線が一斉に集中する。その誰もが驚愕に彩られた表情だった。
 自分に注目が集まっていることと、理解の及ばない状況。輝行は居心地の悪さを覚え、思わず発言元である郁に恨みがましい視線を送ってしまった。
 しかしその冷たい視線をどうにも面白いと言わんばかりに、郁は小さく笑みを零していた。
「まあまあ、そんな恐い顔せんとって」
「え? あ、いえ……」
 自分の無意識の内の行動に気付き、輝行は慌てて視線を自分が座っている目の前の畳へと落とす。そのまま小さく「すみません」と謝罪した。
「謝らんでええよ。横木君には何の話かわからんもんな。『嫦宮裂』いうんはな、送魂師の中でも、特に力を持った一族のことや」
「送魂師の中でも……」
 郁に言われた言葉を繰り返し、輝行はもう一度頭の中の整理を始める。
 送魂師とは、戻士と近い存在且つ決して相容れないもの。そして、嫦宮裂とは送魂師の中の有力な一族で、横木家はその血筋で……。
「……ちょっと、待って下さい。じゃあ、オレは、送魂師の血を引いてるってことですか?」
 辿り着いた結論を震えた声で確認すると、その通りと無情且つ簡潔な基の返事が返る。一瞬にして、輝行の全身から血の気が引いた。
 ここは戻士の長たる六条院家。そして、この場にいる誰もがその血筋の人間で、自分ただ一人がそれに敵対する一族の血を持っている。戻士宗家の敵である、送魂師の。その事実に打ちのめされると同時に、身の内からじわりじわりと恐怖心に侵食されていった。
 敵の一族の血をひく自分は、これからどうなるのだろうと。今まで守ってくれていた織月でさえ、すでに味方ではないのだと。涼しいはずの室内なのに、じっとりと衣服が汗で背中にへばりつく。息苦しさを覚えるけれども、呼吸の仕方すら忘れてしまったかのように輝行の体は強張っていた。
「そんなビビらんでも、取って食ったりせんから」
「あの、でも……」
 妙に気楽な郁の口調が、かえって恐ろしい。これからの自分の処遇を考えると、とても平静ではいられなかった。
 言葉をそれ以上続けられずにいると、郁が小さくふき出す。それと同時に基も軽快に声をたてて笑い出した。
 突然のことに、輝行はぽかんと二人の顔を見つめるばかりだ。
「横木君、自分なー、人の話はちゃんと聞かなあかんで?」
「え?」
「姉さんは言っただろ? 嫦宮裂『だった』って」
「だった……?」
 そういえば、確かに郁は過去形で言った。ということは、横木家は現在、嫦宮裂とは何の関係もない、ということだ。
「な? 姉さん、オレの言った通りの反応だったろー?」
「ホンマやなー。横木君オモロすぎるわー!」
 笑いながら隣にいる尚志の膝をバシバシと叩く郁。そんな姉弟二人を呆れたように見つめて、尚志が溜め息をついた。
「おまえら、本当に性格悪いな」
「尚志に言われたないわー」
「そうそう。尚志さんよりマシだもんなー」
 ねー、と二人揃って顔を見合わせる郁と基。
 場の雰囲気にそぐわないほど楽しそうな二人に、輝行はようやくからかわれたのだと気付いた。
「基先輩!」
「あー、悪い悪い」
 謝罪を口にしてはいるが、明らかにその言葉には心が籠っていないことに、輝行はますます憮然とする。
 基はそれに気付いてふざけた態度を正すと、それでもどこか好奇心を覗かせた笑みで輝行を見つめた。
「でも、今の話は全部本当だから。おまえには戻士の素質があるし、だからこそ嫦宮裂に狙われてる」
「でも、本当にオレに素質なんてあるんですか? オレだけじゃなく、家族全員至って普通ですよ」
「家族全員、ね。ホンマにそう思う?」
「と、当然です」
 そう答えたものの、改めて問われると、自分の確信はあっさりと揺らいでしまう。何より、自分自身の血筋についてまったく知らなかったのだから、家族についても知らない事実があったとしても不思議ではなかった。

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